第15話 富士山はエッチな奴やで。ほんま。

朝が来た。陽が射しこんでくる。教会のステンドグラスにお化粧されて、赤や、青や、緑の光が女たちの顔に射しこんだ。天気は快晴。今日も旅日和である。


「起きたか、さあ、元気出していくぞ!」俺は声をかけた。


「ナナ、武器は渡してくれたか?」


「ああ、まだ渡してなかったわ。」


ナナは一人ずつに武器を渡していった。軽めのピストルである。女たちは恐る恐るそれらを手に取って眺めた。


「いい?それは、こうやって使うのよ。」


ナナはそばにいたサオリから銃を取り、撃鉄を引くと十字架のキリストに向かって狙いを定めた。


ぱん!


ペットボトルが破裂するような乾いた音がした。同時に、キリストの額からピンッと火花が散る。


サオリは恐る恐るナナから銃を受け取った。


「引き金を引く前に、撃鉄をしっかり引いておくんだな。反動はどうだ?」俺は聞いた。


「大したことないわ。これなら素人でも扱えるわね。」ナナは俺の顔も見ずに行った。


「こんなの、いつ使うの?」サオリがまじまじと銃を眺めながら、投げやりな口調で言う。


「自分の身が危なくなった時だ。あと、食べ物を調達する時とかな。でも、どうしても必要な時以外はあんまり使うな。弾薬は限られている。それに・・・」


俺はゴクン、と唾を呑み込んだ。


「ソマルの連中に気づかれたら困る。」


サオリの顔がさっと青ざめた。


「近くに、ソマルがいるってこと?」


「いや、それはわからない。だが、俺たちは西を目指すあまり、ソマルの後を追って旅をしてしまっている。これだけは確かだ。あいつらが今頃どこにいるのかはわからない、そうだよな、キョウカ?」


キョウカはうなずいた。


「どうするのよ?勝てないわよ、私。」リナが叫ぶ。


「そんなことはない。いざとなったらお前らは降伏するんだ。ソマルの仲間に入れてもらえ。仲間に入れてくれないのであれば、戦うしかない。」


「いや、それは違うわ。」ナナが言った。


「ソマルの連中と敵対したら、私たちは、を差し出す。」


ミサトが頬を真っ赤に染めて怒り出した。


「あなた、何を言ってるの?この人がいなかったら、これからどうやって旅を続けるつもりなのよ?冗談じゃないわ。」


「私たちが一番考えるべきことは、この男をどうやってひきとめるか、じゃないわ。この先も私たちは生きていかなきゃならない。いい?ソマルの連中は恐ろしく残虐よ?私たちがソマルに降伏して仲間に入れてもらったとしても、分け前はほとんどもらえないでしょうね。それどころか、ものすごく重い荷物持たされて、あいつらの略奪の手助けをしなきゃいけなくなる。それはできない。何があっても、この世界に戦争をよみがえらせるような行為は、できない。私たちはこの日本にとどまるべきなのよ。」ナナは言った。


「それに、この男の役目は、私たちの盾になって死ぬことではないわ。この世界では、男は貴重なのよ。あなたは、もっとたくさんの女と交わって、子どもをつくるべきなのよ。ミサト、あなたの気持ちはわかる。同じ女としてね。だけど、あなたの好きな男は、あなたのものだけではないの。」


ミサトはうつむいて黙っていた。


「まあ、いずれわかるでしょう。ねえ、あなた」


「なんだ」俺は答えた。


「あなた、ミサトやキョウカばっかりひいきしてないで、他の女の子もきちんと相手してあげなさいよ。」


「う・・・」


痛いところを突かれた。


「たしかに、お前の言う通りだ。サオリ、今夜はお前だ。」


サオリは、ちょっとそわそわしながらも平静さを装い、「うん。」みたいな返事をした。


「よし、それじゃ行くぞ、東海道をひたすら西へ!」


俺たちは再び、歩き出した。



割れ目だらけのアスファルトを、転ばないように歩いてゆく。前方にだんだんと富士山が見えてきた。人間がいなくなっても、彼は堂々たる雄姿を示していた。美しい、日本の山。俺は前の時代で、一度だけ富士山に登ったことがある。外見はあんなに美しいのに、実際に登ると、そこはごつごつした不格好な岩ばかりの不思議な空間で、ちょっと気をゆるめるとすぐに石を蹴落としてしまったり、転んでしまったりする。石を蹴落とすと大変である。下から登ってくる登山者の指を落としたり、頭蓋骨を割ったりしかねない。自然の中でも、人間の法律や秩序は存在する。俺たちは、普段いかに「都市」というゆりかごに守られていることか!



それにしても、この美しさ!アスファルトの割れ目からは水が噴き出し、電信柱はところどころ倒れ、その下からはゴキブリが這い出してきている。ありとあらゆるところに植物の屈強な触手が人間の儚い努力の跡を抹消してしまおうとう躍起になっている。ええ糞ッとつるをぶち抜くと、けらけらけら、と植物のあざ笑う音が聞こえる。オマエタチナンザ、ケッキョク、ソノテイドノモノナノサ・・・


「ここはどのへんだ?」サオリに話しかけてみる。


「そうね。あの線路、見て。」


前方に、山に向かって伸びる線路があった。電車は下のほうでぐしゃぐしゃにつぶれている。かなり勾配の急な鉄道路線らしい。


「あれって、たぶん箱根登山鉄道?じゃないかしら。」サオリは言った。


「たしかに、それ聞いたことあるな。小田原から出てるんだっけ?ってことは、ここは小田原のあたりか。」


「ほら、あれ見て。」サオリが指さしたのは、なんだか白くてデカい建物だった。


「もしかして、あれは小田原城の跡なんじゃないかしら。」


「お、そうなのか。小田原に城があったとはね。知らなかったよ。」俺は言った。


「あたし、この辺に詳しいのよ。」サオリは得意げに言った。


「そうなのか。このへんで生まれ育ったのか?」


「そうよ。ホントはここよりももっと富士山に近い、御殿場って町なんだけどね。」


「おう、それなら俺も聞いたことがあるぞ。御殿場か、そうか、サオリは御殿場出身なのか。」


「そうよ。そこで適当にバイトしてた。」


「何のバイト?」


「当ててみ。何やってそうに見える?」サオリは言った。


久しぶりに、普通の女の子と会話しているような気がした。合コンやら、相席屋やらで交わされる、なんの変哲もない世間話。


「マックとか?」


「ブブー。」


「じゃあ、スタバ!」


「違うわよ。そういうオシャレなのはやんなかった。」


「なんだよ。教えてくれよ。」


「いいよ。刺繍やってたの!」


「おほお。可愛いじゃん。なんの刺繍?」


「軍服!」


「は?」


ビックリした。


「自衛隊さんのための、軍服よ。あれけっこう縫うの大変だったんだけど、慣れれば楽なもんよ。でもあれやってたおかげで、ババ様に刺繍の腕を見込まれて皇居村で生きることを許してもらった。芸は身を助けるって、ことね。」


「そうか、軍服を縫う仕事、か。ホントにいろんな仕事があったんだな。俺の生きてた世界なんて、ホントに狭かったわ。」


俺は言った。




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