第14話 戦争は女の顔もしている
教会の中は荘厳な雰囲気に満ちていた。十字架の上で血を流し苦しむイエス・キリストと、それを見て涙を流すマリア。キリストは、偽善と権威と既得権益が幅を利かせ、腐敗していた当時のイスラエルに釘を刺し、人々に本物の「愛」に目覚めるよう、説いて回った。彼の言説は、後の世に彼の思惑とは真逆の方向に役に立ってしまい、数々の戦争や流血を惹き起こすことになったのはこれ人間のどうしようもない愚かさというかなんというか、実に悲しいことだと思う。一人の人間が自分の命の危険を顧みずに説いた「愛」が、権力と利権に目がくらんだ「イエス・キリストの代わり」を名乗る連中にいいように利用され、要らぬ争いを生み出したことは歴史が生み出した最大の皮肉だと思っている。俺はこれらのことを全部ネットで学んだけれども、大学の研究室でふんぞり返っている先生方はこのことをどう思っているのだろう?前の時代、俺は不思議で仕方がなかった。俺よりも何百倍も頭がいい人たちが、どうしてイエスの提案を心の底から受け入れ、「愛」に目覚めない?それとも、中世の教皇連中然り、権力を持っていて頭の良い連中はみんなそうなのか?「愛」など信じていないのだろうか?俺は不思議で仕方がない。もし学んだことをまっさらな心で受け止め、それを日々の生活に生かすことがないのなら、なんのために学問はあるのだろう?
うう・・
俺はうめいた。さっき犬どもに噛まれた膝の傷が痛む。
「大丈夫?」
キョウカだった。
「大丈夫だ。救急箱の中にペニシリンかなんかあるだろ。それは本当に危険な時にとっておけ。これしきの傷、必ず治してみせる。キョウカ、水を貰えないかな?」
すぐに持ってきてくれた。暖かな水だった。
「すぐ近くに池があるの。その水を沸騰させて冷まして持ってきた。」
「ありがとう。それにしても、お前たちは本当にいろんなことを知っているな。すごいよ、ホントに。」
「そんな・・・。でも、私たちも学ばざるを得なかったのよ。戦争が終わり、男は全員死んだ。電気も、ガスも、水道も、スーパーに行けば当たり前のように並んでいた鶏むね肉も、全部なくなって、一時期はホントに死ぬかと思った。私たちは、何もできなかった。スタバが飲めなくなってうざい、なんて言っている子もいた。」
「そういう子たちは、みんなどうしたんだ?」俺は聞いた。
「分からない。でも、一つだけ言えることがあるわ。適応できない者は、みんな死んでいった。食生活は酷いものになり、野菜なんて夢のまた夢、魚や鳥を捕まえて食べても、隅から隅まできちんと食べないと栄養失調で死んでしまう。我慢して、目つぶって、まずいものも、小骨だらけのものもきちんと食べる。当たり前のことだわ。でも、私たちのやっていた当たり前は、当たり前じゃなかったのね。たくさんのかわいい子が、何も食べれずに飢えて死んでいった。」
俺は黙ってうなずいて聞いていた。
「適応できなければ、死んでしまう。ババ様はそのことをよく分かっていた。私たちにいろんなことを教えてくれた。それでも争いは絶えなかった。ソマルの連中が攻めてきたの。」
思い出した。俺が初めてミサトと出会った時、皇居の門の中から「ソマルの連中が攻めてきたのよ」などと言う声が聞こえてきたんだった。
「ソマルの連中って、何だ?」俺は聞いた。
「ソマルはね、北の向こうからやってきた、女たちのことよ。」キョウカは言った。
「北は寒くて住めない。特に石油も電気もないこんな時代ではね。だから、ロシアや中国、樺太から北海道まで、北の方に住んでいた女たちはみんな一斉に南下を始めた。それが、去年の秋ごろ。でも、彼女たちを受け入れてくれる集落はどこにもなかった。みんな自分たちを食わせるので精一杯。誰も助け合ってる余裕なんかない。いろんな集落で門前払いを食らって、冷たい扱いを受けて、ソマルは気づいた。略奪するのが一番楽だという事に。」
「女たちの村は、集落が持続していけるだけの技術と知恵を持っているからこそ村として存在していける、か。ソマルの連中は村からいろんなものを奪って暮らすのがその『技術と知恵』だったわけだな。」俺は言った。
「そうなのかもしれない。あいつらが初めてここに来た時、あいつらの軍隊は500人にも及んだ。みんな身長が170cm超えてるような、ロシア人の女たちと中国人の女。そんなのが500も来たら勝てない。でも、ババ様の機転のおかげで私たちは助かった。私たちは、飢えているふりをしたの。」
「あいつらが来る3日前から食を断ち、皇居近くの池で飼っている魚はは全部神田川の一画に隠した。食料の調達方法も、ちょうどいいカラスの狩場も一切伝えることなく、死にぞこないの日本女がたむろって死を持っていて、ババ様はその苦痛を慰めるための呪術者的な役割を持っている長老である、みたいな風を装って、あいつらをだました。あいつらは次の女の集落を見つけて西の方へ旅立っていった。」
「ってことは、まさか・・・」俺は言った。
「そう、そのまさかよ。私たちは、あいつらを追ってることになるわ。」キョウカが言った。
女だけの略奪集団。しかも500人。単純に考えて、500人がせまってきたら勝てるはずがない。犬よりも恐ろしい。何しろ人間は武器を持っている。しかも略奪や殺戮を行うことになんの罪悪感も感じていない。これは恐ろしいことだ。人間が獲物にしか見えない、そういう連中と闘わなければならない。
「キョウカ。」俺は言った。
「俺の仕事は、お前たちを守り、お前たちが母になるのを助けてやることだ。それまではなんとしてでもお前たちのことを守る。だが、お前たちが子供を生んだとき、もう俺は俺のことを守ってやれない。俺の仕事は、なるべく多くの遺伝子を、後世に残すことだ。俺はお前とだけ仲良くしているわけにはいかないんだ、分かってくれるな・・・」
「でも・・・」キョウカは言った。
「やっぱり悔しい。」
愛しくてたまらない。この目の吊り上がった、肌のきれいな女。俺は痛む膝を酷使して彼女と交わった。悲しそうな喘ぎ声。聖堂に響き渡る喜悦の声がわんわんとこだまして、その桜色の乳首に俺の手が触れた時、彼女の顔はくちゃっと快楽にゆがみ、蛇口はひねられ、愛液はとろとろろ垂れ、俺を受け入れるための準備をする。腰の動きとともに揺れ動く恍惚の土偶が、彼女のあわびと乳首の中にある炎を糧にして大きく息を吸うとき、王宮の中に白い種が捲かれ、託された命のダンスが始まる。素敵な夜だった。
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