嘘つきと炎上と雲隠れ

エリー.ファー

嘘つきと炎上と雲隠れ

 詐欺をしているうちに、自分のことが分からなくなってしまった。

 よくあることらしい。

 最後には自分を騙してしまう。

 冥利に尽きてしまうじゃないか。全く。

 俺は海岸を歩いていた。鴎の鳴き声が聞こえるが、それが正しいかもよく分からない幻聴の可能性が高い。

 少なくとも今の俺のことを、俺は信じることができない。

 故に、誰にも捕らえられないだろう。俺が悪事を働いた俺としての精神を失っているのである。

 俺はもうここにはいない。

 肉体がある。魂はない。精神はある。しかし、続かない。蓄積されていないし、蓄積されることもない。

 次の何かになること以外の生き方がない。手当たり次第に手を伸ばし、その結果、走り続けているというのが今の状況である。

 焦っている。

 煩わしい自分との決別。

 不可能だ。

 どこで間違えたのだろう。

「見慣れない顔だねえ」

 俺は振り向いた。

 老婆がいた。スーツを着ていた。

「あそこに見えるお屋敷で働いていてね、今は休憩中なんだよ」

「はあ、そうですか」

 老婆が指さした先は海だった。船も浮かんでいない。

 綺麗なスーツは、空間に染まって朧気であり、外形だけがやっと分かる程度である。

 俺の道にいない。

 俺しか立っていない。

 孤独なままである。

「雲丹丼は食べたかい」

「いえ、まだです」

「じゃあ、このあたりのお店に入って食べたほうがいいよ。ここは雲丹が有名なんだ。一度でいいから、ね」

「では、あとで食べてみます」

「朝ごはん、お昼ごはん、晩ごはん。絶対にどれかに入れたほうがいい。入れる気がないなら、間食でもいいから食べた方がいい」

「他に名産はあったりしますか」

「猪のお肉は有名だね。ジビエとか言うんだろう」

「食べたことはないですね」

「じゃあ、食べた方がいい」

 車のエンジン音が聞こえた。遠ざかっていく。老婆と私以外の声、呼吸音、服の擦れる音。何も存在しない。

 霧も出てきたように思う。仮に濃くなったところで、困ることはないだろう。行く当てもないのである。

「最近、信じられないことがあったんだよ」

「どうしたんですか」

「お屋敷が消えちまったんだ。ほら」

 老婆が指をさす。もちろん、海に向かって。

 俺はその指の先を見つめる。

 大きな、大きな城があった。海面に浮かんでいるのか、いや、よく分からない。ただ、そこにあるだけだ。

 俺は城を見つめる。城もこちらを見つめているような気がした。老婆だけは、指をさしただけで、こちらを見つめたままだった。

「大きなお屋敷ですね。見つかって良かったですね」

 老婆が自分の指の先を見つめる。そして、二度三度、瞬きをしてこちらにまた顔を向けた。

「あぁ、本当だ。あった。これで帰れる。ありがとうね」

「いえいえ、俺は何もしていません」

「行くかい」

「え」

「あたしらのお屋敷に来るかい」

 老婆の周りに影が現れる。皆、背筋が曲がっていた。こちらを向いていると思われるが、影であるからして表情も分からないし、表情があるのかも分からない。

「帰れますか」

「もちろん」

「好きな時に帰ってもいいんですか」

「もちろん」

「じゃあ、行きましょう」

 老婆が笑った。

 俺は背中から羽を生えさせると飛び上がり、老婆を見下ろした。

「先に行ってます」

 老婆はその場から一歩も動けない。

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