第1話
高校生活二年目、新しいクラスというウキウキワクワクのイベントなのだが、僕は全く気が乗らない。もちろん新しいクラスは楽しみだ。だけど、僕にはそんな余力はない。先輩になんて話そうか、そもそも付き合えたのだから嘘だったなんていう必要はないのか。僕の頭の中ではそんな考えがぐるぐると回っている。
「辛気臭い顔ね。どうにかならないかしら、三割増しでブスよ、あなた」
「うるさいよ、森中。僕には今後の人生がかかってるんだ」
「いいじゃない、あなたの人生なんて。私がリラックスして本を読む方が大事よ」
「僕の人生をなんだと思ってるんだ……」
眼鏡をかけたおさげの女は、森中静香。僕とは小学一年生からずっと同じクラスだ。それもあってかよく話す方なんだけど、どうにも馬が合わない。本が好きという趣味も同じだし、本来ならインドア同士仲良くできるはずなんだけど、どうもこうも俺に対して当たりが強い。口を開けば、罵詈雑言の嵐。残念ながら、今年も同じクラスのようだ。しかも、森中は僕の隣に座っている。
神様、僕に試練与え過ぎじゃないですかね? ヘラクレスにでもさせるおつもりで?
睨む僕を横目に、森中は「そういえば」と言葉を続ける。
「あなたが元気ないのは、もしかして文芸部のせい?」
「っ」
ビクリと肩を揺らす。まさかこいつ、気付いて……!
「新入部員が入らなきゃ廃部になるかもしれないんでしょ? まあ、よく今までたった二人で許されていたものだけどね」
「え? 廃部?」
予想外の言葉に思わず眉を歪ます。
「……知らないの? なら、ただの噂だったのかしら。人数規定に満たない部活は廃部っていう噂は」
「先輩からは何も聞いてないけど……」
「まあ、噂ならそれでいいんじゃないの? 当の本人である相園先輩は、スキップで登校してたらしいし」
「あー、なら大丈夫なのかな……って! 何⁉ スキップ⁉」
僕の大声にびっくりしながらも、森中は「ええ」と頷く。
あの先輩、思ったよりハイテンションだ⁉ ウキウキワクワクしてる! そうだ、忘れていた。あの先輩、可愛らしい見た目からは想像できないかも知れないけど、未だに彼氏ができたことがない。その先輩が初彼氏となれば、スキップで登校してしまうのも頷ける。
事態は思ったよりも深刻だ。もう嘘でしたなんて言えるわけもない。元々言わないでも良かったのだが、後ろめたさやしっかりと告白したいなんていう僕の思いから、一度真実を話すことも考えていたけど、もうできない! あとは、どうやって僕のテンションをウキウキワクワクスーパーアドベンチャーにするかによって変わってくる。
♯♯♯♯♯
放心状態の僕の耳にチャイムの音が鳴り響く。解決策も得ぬまま、チャイムは二度、三度と鳴り、無慈悲にも放課後という時間が来てしまった。
「よう、友春。元気か?」
「ハッハー、何言ってるだい、三河? そりゃあ、超絶ハッピーに決まってるじゃないかー」
「そりゃあ、良かった」
三河の馬鹿は僕の様子を見に来たらしい。心配してというより、からかいに来ただけだ。僕は薄ら笑いの張り付いた三河の脛を軽く蹴る。
「まあ、いいじゃないか。お前にもようやく春が来たということで」
「うるさいよ。僕はロマンチストなんだ、もっとこう夜景の見える場所で告白したいんだよ」
「だから、彼女できねぇんだよ。プロポーズってわけじゃないんだ、もっと気楽に考えろよ」
「ふん、チャラ男が」
三河のアドバイスももっともなんだろう。三河はこんな性格をしているけど、今まで何度か彼女を作っている。羨ましい限りだ。
「当の本人は、学内でも噂になるくらい上機嫌らしいけどな」
「森中から聞いたよ。スキップで登校してたんだって?」
「それは知らないが、気持ち悪いくらいずっと笑顔だって聞いたぞ?」
「……なるほどなぁ」
ここまで先輩が初々しい反応してくれるだなんて思ってもいなかった。
全く予想していなかったわけじゃない。先輩は今まで彼氏を作ったことがないどころか、男友達もいない。会ったばかりの頃は男性とこんなに話したのは初めてかもしれないなんて言われるレベルだ。
「まあ、僕はそろそろ部活に行くよ……」
「覚悟を決めたか」
そんな状態の先輩を放置しているのも心臓に悪い。仮に先輩が僕を教室まで向かいに来てみろ。先輩のテンションは僕が原因だってバレてしまう。別に秘密にするつもりはない。なんなら自慢して回りたいぐらいなんだけど、先輩の奇行のせいで一気に噂が広まりそうだ。そうなったら、一日中好奇の視線に晒されてしまう。
まあ、流石に後輩の教室に来るなんてこと意外と人見知りの先輩がやるわけないですよね……?
「友春くん……」
悪い予感っていうのはどうやら当たるようで。頬赤らめ、もじもじとした先輩が僕を呼びに来たようだ。
「せ、先輩!? わざわざ呼びに来たんですか!?」
「か、彼氏を呼びに行くってのも、恋人っぽくていいかなとか思っちゃって……!」
彼氏という言葉が恥ずかしかったのか、小さく「彼氏」ともう一度呟き悶えている。
僕の口から乾いた笑いが漏れるが、幸い先輩の声は僕と三河にしか聞こえていないようだ。周囲は先輩が来たということで注目は集まっているが、わざわざ話を聞きに来ているやつはいない。同じ部活だからか、そこまで呼びに来たことを疑問に思っているやつはいないようだ。
しかし、これ以上先輩を教室に置いておくのは危険だ。何をしでかすか分かったもんじゃない。
「じゃあ、先輩早く部活に行きましょ……」
「なるほど、そういうこと」
本をパタリと閉じ、森中はこちらをギロリと睨む。
「聞いてたのかよ……」
「隣の席だもの、聞き耳立てれば聞こえるわよ」
「この地獄耳が! 聞き耳立てるなよ!」
バレたくないやつにバレてしまった。色々と小言を言われてしまうに違いない。
「相園先輩、嬉しいのは分かりますけど、そんなにはしゃいでたら嫌われますよ?」
「そ、そんなにはしゃいで見えるか……?」
なんと先輩、あれでいつも通りのつもりだったらしい。頭に?を浮かべ、噂されているのも自分では分かっていないようだ。
森中も呆れたようでこめかみを押さえる。
「じゃ、じゃあな! 森中! 俺達部活行くから! 先輩早く行きましょ!」
「ちょっと、新田君?」
森中を無視して、僕は先輩の背中を押して教室から追いやる。これ以上、話をややこしくしたくない。また明日休み時間にでもこってり絞られるとしよう。
とりあえず、告白してみたら案外上手くいくらしい 葦月平 @asizuki_
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