第36話 あの夏に見たかった鳥の名を僕はまだ知らなかった。(サシバ)

 それは、前話でオシドリを見た後のことだった。


 川沿いのコースも終わりに差し掛かり、今日の収穫はオシドリだと満足していた私の目の前に、その鳥は現れた。


「あれは……、トビ?」


 上空で弧を描くように飛ぶ一羽の鳥がいた。最初はトビかと思った。けれども見ていると、なんだか違和感を覚えた。トビは全体的に茶色っぽいのだが、上空にいる鳥は腹面が白っぽい。


「トビじゃない!?」


 私は慌ててカメラを構え、その鳥を写した。シャッターを押しながら、画面越しに鳥を観察する。


 背面は茶色っぽくて、腹面は白っぽい。ノスリかと思ったが、お腹に腹巻き模様がない。オオタカはもっと青灰色をしているはず。オオタカの若鳥? ……わからん! わからんけどトビではない!


 正直、私の腕前は、トビかトビじゃないかを識別できる程度で、その場でなんの猛禽かを識別することはまだできていない。


 鳥は上空をゆったりと回った後、林のほうへと飛んでいってしまった。


 それから家に帰って、撮った写真を見返してみる。幸い、翼を広げて顔と腹面がよく見えるきれいな写真が撮れていた。


「もしかしてこれは、サシバ?」


 そう思ったのは、目の上に白い眉毛のような模様があったから。


 オオタカにも白い眉毛模様があるが、先にも言ったようにオオタカの背面は青灰色っぽい。腹面ももっと白くて、細かい横斑があるはずだ。


 写真の鳥は全体的に茶色っぽい。拡大してみると、くちばしの付け根も黄色い。サシバと同じ特徴をしている。


 と、図鑑を見ながら、「たぶん、サシバかな?」と考える。けれども確証がない。


 というわけで、第28話でお世話になった調査員のDさんに訊いてみることにした。


「猛禽類を見つけたのですが、これはサシバでしょうか?」


 メッセージとともに写真を送る。しばらくして調査員Dさんから返信が来た。


「サシバですね。眉斑が明瞭に感じることと、胸帯が見えなさすぎますが、サシバのメスだと思われます。縦斑の感じ若鳥にも見えますが、尾や翼の損傷具合から、成鳥なのかもしれません」


 お、おぅ……(感嘆)。


 私は単にサシバかどうかを気にしていただけなのだが。オスなのかメスなのか、さらに若鳥か成鳥かまで識別してきた。さすがプロ。驚きつつ、お礼のメッセージを送りました。


 ちなみに後で図鑑を確認してみると、白い眉模様はサシバのメスのほうがはっきりしていて、オスはあまり目立たないらしい。図鑑の写真がメスだったから私はその姿ばかり覚えていたが、実際は雌雄そして年齢によって模様が違う。タカ類の識別の難しいところである。


 プロのお墨付きを経て、ようやく出会った鳥がサシバだったとわかった。


 第31話でも話したが、サシバは夏に渡ってくる里山を代表する猛禽類だ。鳴き声こそ聞こえなかったが、「ピックィー」という声が「kissキス meミィ」と聞きなされている。


 書いた当時は見たことがなくて、レア度五つ星を付けたが、まさかいつものバードウォッチングコースで会うことができるとは思いもしなかった。


 また一種、新しい猛禽に出会えて、嬉しい限りのバードウォッチングだった。


 

追伸

その時に撮ったサシバがこちら。

https://twitter.com/miyakusa_h/status/1531850899265425408

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