第4話 平原

 ホンボ人の一行いっこうは4日かけて山頂から見えた川にたどり着いた。彼らの故郷にあったディリ川には遠く及ばないが、それでも十分大きな川だ。その川の周辺には少ないながらも人が暮らしていた。川の魚をとって暮らしているようだ。

 一行いっこうを見た彼らは警戒こそしていたものの、人数差が圧倒的だったこともあり、はなから攻撃してくる相手はいない。そのため争いが起きることもなかった。ホンボ人たちは魚や動物を食料として川を下っていった。

 次の定住地を探すために。


 しかし、その旅路たびじはかつてのものとは程遠い。少ない食料を奪い合い争いになることも少なく、故郷を失ったという悲しみよりも次なる新天地を開拓するという高揚感こうようかんが強くなって行った。


 そして、平原に入って15日ほど経った時、今まで辿ってきた川はさらなる大河に合流した。ディリ川に匹敵するその川幅。しかし周囲が密林になっていない分、より大きく雄大に見えた。その川はまっすぐ北に向かって伸びていた。


 しかし、その川の周辺は湿地となっていて定住地には向かないかった。そこからは周辺の森林の木を使って船を作りそれで川を下ることとなった。川の流れは緩やかで事故が起こることもない。


 そうして川を下っていくと次第に湿地が草原に変わっていった。それと同時にホンボ人にとって見たことのないような奇妙な植物が増えてきた。

 その植物は黄金こがね色の実をつけて広範囲に群生していた。しかし、その実は小さくて食べるところは少なさそうに見える。さらに、そんな植物を刈り取っている人がたくさんいる。


 そう、その植物とは小麦である。


 ホンボ人は植物を栽培するという概念を持ち合わせていないため、その光景はまるで雑草を取り除いているように写った。


 そこがちょうど定住に適していそうな平野で近くには森林もあり、もちろん川も近い。そこで一行いっこうは周囲の偵察のために川岸に船を停めてディジカ他数人の男が出かけて行った。


 シバンはバンドウル山地を越えてからの旅の最中、何度もかつて熱帯雨林の村で家族と過ごしていた時のことを思い出していた。あの時の幸せは帰ってこない。それはわかっていたし干ばつと森林火災で村を離れることになったのは、天災だからと割り切れる。

 でも、


「あの襲撃はどうしても許せない」


 というやるせない気持ちを抱えていた。


 しかし、シバンのその気持ちも、比較的安全な旅のせいで薄れ始めていた。

 家族が。それなのにあれはあれでしょうがなかった。と言う気持ちが生まれていた。そんな彼を薄情者と思う人もいるだろう。しかし、逆だった。

 家族が死ぬ。これは彼にとって重すぎた。重すぎて抱え切ることができず、


「しょうがない」


 そう思うことで彼はなんとか精神を保っていたのだ。それはフィシリエも同じだった。あの襲撃以降ほとんど笑うことのなかった彼女も最近笑顔を取り戻しつつあった。

 きっと他の者もそうだったのだろう。新天地を開拓すると言う高揚感はただのだった。故郷を、家族を、友人を、皆何かしらの大事なものを失っていた。何よりも大事に思っていた何かを。


 その後は帰ってきたディジカ達の報告を受けて川の西岸に上陸した。

 熱帯雨林地帯の村から去った時には1万人弱だったホンボ人の数は、この時には4千人強まで減っていた。

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