第3話 新天地

「大丈夫だよ。おまえは俺が守るからな」


 少年は言った。彼は怯えた様子で泣く少女をおぶって走っている。

 シバンは今しがた両親と兄を失い命からがらで幼いフィシリエを背負って逃げてきたのだった。

 涙を堪え、決して歩みを止めることなく進み続ける彼は、死ぬ間際の母親が言った言葉を思い出しながら誓った。


「フィシリエは命に代えても守ろう」

 

 辺りが明るくなり始めた頃。少しひらけた場所が現れた。そこには同じように逃げてきたホンボ人たちが集まっていた。その中央には旗が掲げられている。

 その根本にはシバンたちが暮らしていた村の村長であり、ホンボの族長でもあったギニカの弟のディジカがいた。シバンはディジカに父と兄の安否を確認しに行こうとしたが、心身ともに疲労が溜まっている。今にも倒れそうだ。フィシリエも自分で走っていないとはいえ揺れる背中で眠れるはずもない。それに一晩のうちにあんなことがあったんだ。


 シバンとフィリシエは休憩することにした。ちょうど近くに休憩用の天幕がいくつか張ってあった。

 フィリシエを下ろしたシバンはふらつく足でなんとか辿たどりり着き、泥のように眠った。それに続いてフィリシエもすぐに眠った。


 シバンが目を覚ましたのは夕方だった。朝よりだいぶ人が増えているようだ。

 隣に寝ているフィシリエはまだ目覚めそうにない。シバンはフィシリエにそっと毛皮をかけて起こさないように天幕をでた。


 シバンが天幕からでると、ちょうどディジカと数人の男が森から出てきた。彼らは森の中に残っているホンボ人探しと、襲撃してきた奴らの偵察に行った帰りだ。ディジカはすぐに気づき、申し訳なさそうにシバンに謝った。


「すまない。君のお父さんと兄さんを助けられなかった。二人と私の兄、他にもたくさんの者が我々を逃すために最後まで戦っていた。二人がどうなったのかを最後まで見たわけではなかったが、あの状況じゃあ生きてる望みは薄いと思う。」


 そう言った後、ディジカは自分の言葉はまだ子供であるシバンには残酷なのでは、と思い訂正しようとした。しかし、シバンはそれを止めて、教えてくれたことにお礼を言い、その場から離れた。


 彼があまり悲しそうに見えないのは、このような結果を予想していたからだろうか。しかし、彼は父と兄の死を聞いても悲しみ感じない自らにショックを受けていた。


 その後天幕に戻った彼はフィシリエの寝顔を見守りつつ、二人の死に思いを巡らせていたが、気づけばまた眠ってしまった。


 シバンはフィシリエに起こされた。あたりは真っ暗だか何やら騒がしい。天幕からも続々と人が出て行っている。どうやら、昨日の襲撃でついた火が近くまで来ているらしい。追手は特にないが、火を避けて夜明けと共に移動するようだ。追手がなかったことからも奴らの目的は荷物だろうということになった。相当数の物資と人を失ったが、それは立ち止まる理由にはならない。


 元々はディリ川の川上に向かっていたが、戻ることも進むこともできない。そのため今までは山地となっていたため避けていた北に向かうそうだ。


 その山地をホンボ人はバンドウル山地と呼んだ。意味は世界の果ての山々。ホンボ人にとってはそれは未知のものであった。何しろバンドウル山地の先を見た者はいなかったからだ。


「その先は崖になっていて先はない」


と言う人もいたし


「あの山地から先は魔物の住む世界になっている」


と言う人もいた。


 バンドウル山地はホンボ人におそれられていた。しかし、それを越える以外の選択肢は彼らには残されていない。


 夜明けと共に出発した一行いっこうは、追手に遭うことなくほぼ3日かけてついに山頂まで辿り着いた。

 シバンはフィシリエの手を引いて山頂に至ったとき、ちょうど東の空から日が昇り始めた。その光によって山地の先に姿を表したのは、広大な平原だった。

 はるか遠くには川も見える。

 その光景は、彼らの未来を祝福するものなのか、それとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る