第2話 襲撃

 夜は更け、警備のために男たちが持っている松明たいまつの光だけを頼りに歩いていた。そんな中悲鳴が聞こえる。 


 動揺するシバンはあたりを見渡した。

 隣には眠そうに擦っていた目を見開いて今にも泣きそうなフィシリエとその手を繋ぎながら状況を飲み込めず困惑した様子の母がいる。

 二人の目線は警備をしていた父のさらに前方で矢の刺さった肩を押さえている兄のザーバンを向いている。苦しそうなザーバンの顔を彼が落とした松明たいまつの明かりが照らしている。


「大丈夫か!」


 荷物を捨て弓矢を構えながら父が叫んだ。他の大人達も次々と弓矢を構えて応戦しようとしている。どうやらその矢は木の上から打ち込まれているらしい。

 すると突然、


「ピィーーーーーー」


 甲高かんだかい笛の音があたりに響く。


 フィシリエがシバンの腕を引いて右手を流れるディリ川の水面を指差した。そこには小舟が浮かんでいた。小舟には次々と火が灯されていく。10、20。どんどん増えていく。そこには瞬く間に数百艘の船団が姿を現した。そこから一斉に火矢が放たれた。綺麗な弧を描いて飛んできた火矢は雨のように降り注ぐ。

 そこかしこから悲鳴が聞こえる。


 火矢が打ち込まれたのはシバン達のいた先頭だけではない。ホンボ人の一行いっこうは大きな荷物を背負って長時間半日以上歩き続けていた。皆疲れて伸び切った列の全体に容赦ようしゃなく火矢が打ち込まれている。


「木の後ろに隠れるんだ!」


 シバンの父親は叫んだ。ここはディリ川のそばで火の手も回っていなかったため木々が豊富にあった。

 動揺で動けなかったシバンもその声を聞いてフィシリエと母の手を引いて木の後ろに隠れた。周りの人も続々と木の後ろに隠れている。


 シバンはそこで気づいた。


「兄は大丈夫なのか」


 彼は確認のために先ほどザーバンが倒れた方を確認する。そこには先ほど木の上から矢を射っていたであろう人たちと白兵戦をするホンボ人の戦士達の姿があった。だがその中にはザーバンの姿が見当たらない。


「無事なのか」


 焦る気持ちをなんとか落ち着かせながら探すと、木の後ろで肩に刺さった矢を引き抜こうとするザーバンの姿があった。

 勢いが収まるどころか増している火矢を気にせずに、シバンは助けに行くために木の影から出ようとした。しかし、母に手を引かれ止められた。


「何故!今行かなきゃザーバンは、」


 シバンはここで気づいた。母の足に矢が刺さっていることを。フィシリエは泣きながら母に抱きついてる。

 母親はそんなフィシリエの頭をでながら言った。


「私はもう逃げられないから、あなた達だけでも逃げて。お願い」


 周りでは、火矢の影響で木に火がつき始めていた。ディリ川上の船も少しずつ接近して上陸しようとしている。それを見たホンボ人は次々と、ディリ川と反対方向の北へと逃げ始めた。幸い北側にはほとんど敵もおらず、火矢にさえ当たらなければ容易に逃げられるだろう。


 シバンはすぐに母親を背負ってフィリシエの手を引き逃げようとした。しかし、母を背負うために近づいたとき、彼女はシバンの手を握ってシバンとフィシリエに伝えた。


「あなた達をこれからも守ってあげられなくてごめんなさい。これからは二人で支え合って生きて。私たちの分まで幸せになって。さあ、時間がない。早く」


 シバンは流れる涙を拭き、泣き叫ぶフィシリエを母から引き離して逃げた。

 逃げる途中で一瞬後ろを振り返る。するとさっきまで隠れていた木が炎に包まれていた。その中からシバンはこんな声を聞いた。


「フィシリエをお願い」

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