第9話 新たな住人

「九尾の狐様とお見受けする !どうか、此度の第四次妖怪大戦に、お力添えを頼みたい !」


人間の村娘に化けて暮らしていた時、やって来た狐にそう話しかけられたのが始まりだった。


「……ねえ、この戦い本当に私が必要なの ?」


正直、妖怪同士の下らない力比べや縄張り争いには全く興味がなかった。頼られたから力を貸してあげるだけだ。

戦場に向かう道中で、私はため息をつきながら聞いた。


「今回は、かの名高い鬼神大嶽丸や酒呑童子も参戦するとの情報が出ておりますゆえ。彼らは我々でどうにかなる相手ではありません。他にも鞍馬山の天狗や土蜘蛛たちも……」


野狐の集団の長らしい狐の男が説明した。


「あんたらの敵は佐渡の化け狸たちじゃなかったの ?」

「宿敵はそうですが、奴らと戦う前に強者に戦力を削られては困りますからね」

「ふうん……」


話を適当に流しながら、周りの様子を見てみる。

私たち妖狐の軍以外にも、東西あらゆる所からやって来たらしい妖怪たちが今回の戦場に向かっている。

まるで、百鬼夜行みたいね。

妖狐の拠点に着いてからは、色々と手厚いもてなしをされていた。

戦前酒を汲まれたり、軍の参謀に意見を問われたり。

美味しい酒が飲めるのは役得だけど、ここの野狐たちは狐顔が多すぎる。狐なんだからしょうがないけれど、もう少し美形のやつはいないのかしら。


夜風に当たってくる、と言って少しだけ拠点を離れた。

明日から妖怪大戦が始まる。

戦いの始まる夜は赤い月が出る。

その前夜は満ちる前の月が出ていて綺麗だ。

美人は月を眺めていると寿命を吸われる、という逸話を信じているわけではないけれど、こうも綺麗だと本当に地上の人々の美しさを吸い取って輝いているのかもしれない、と下らない妄想が浮かんでしまう。

すると、遠くから集団が歩いてくる足音が聞こえてきた。

念の為近くの木の影に隠れながら、様子をうかがう。


集団は皆、頭に角が生え金棒をかついだ鬼たちだった。

一本角の鬼に二本角の鬼、三本角の鬼もいる。角の大きさや肌の色も様々。

ほとんどが屈強な体つきの男達ばかり。筋肉の多い男はあんまり好きじゃないのよね。

そんな中で、大勢の鬼たちに囲まれている小柄な鬼が目に入った。

さらりと下ろした黒髪、頭に純白の二本角を生やしている。

見た目は子どもだが、右手には大きめの瓢箪を持っている。中身は酒か。


「いやあ、楽しみですねえ第四次妖怪大戦 !久々に腕が鳴るってもんです !」


大柄の鬼のうちの一人が、酒を飲みながら歩く小柄な鬼に話している。

……敬語 ?見るからに年下なのに ?


「俺は酒さえ飲めればなんでもいい。戦前酒、勝利の美酒……この辺りの酒はどんな味なんだろうな」


小柄な鬼は澄ました顔をして返す。話して歩きながら、酒を飲む手は止めない。


「きっと絶品に違いありませんよ !美味い酒を飲む為にも、この戦い必ず勝ちましょう !」

「お前たちは好きに暴れればいい。俺は適度に、売られた喧嘩を買う程度にする。……だが、鬼の一族の名に恥じない戦いをしろよ」

「分かってまさあ !」

「よっ、俺らの頭領、酒呑童子様 !」


酒呑童子、と呼ばれた鬼は他の鬼たちにもてはやされるのを聞き流しながら歩いている。

あいつが……あの酒呑童子 ?

日本三大妖怪として、自分が妖怪の間で強者と呼ばれているのは知っていた。もちろん、自分と同列にされている他二体の妖怪のことも。

そのうちの一体が……あの子どもにしか見えない鬼 ?

随分と他の鬼から慕われているように見えた。本人はどうでもいいと言う風だったけれど。

鬼の集団の姿が見えなくなった後、私は木の影から出て彼らの向かった方向を見つめた。


「……気に入らない」


妖狐の軍の拠点に戻りながら、私は呟いた。


その後、予定通りに第四次妖怪大戦が始まった。

妖狐軍は宿敵である化け狸の軍と犬神の軍、海蛇の軍と戦った。

私の力のお陰かどうかは分からないけれど、どうにか全ての戦いで勝利を収めることができた。


一方、酒呑童子は鬼神大嶽丸に勝負を仕掛けられ、三日三晩戦い続けたらしい。結果は時間切れで決着つかず。

二人が戦った跡地は更地以上に荒れていたと風の噂で聞いた。


私が一方的に酒呑童子と大嶽丸に対抗心を燃やすようになったのは、この時からだった。


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「……えーと……つまり尾咲さんはこちらの……酒呑童子さんを、転生する前に見たことがあったということですか ?」


銀花は私の回想を聞いて、恐る恐る聞いてきた。

目の前にいる酒呑童子は、チラチラとゲーム機を見ながら私たちを訝しげに見つめている。

客人よりゲームのことを気にするなんてむかつく。


「ええそうよ。最も、私が一方的に知っていただけだからそいつが知らないのも無理ないでしょうけど」


私は嫌味たっぷりに言ってやった。

酒呑童子は何故そんなことを言われるのか分からないという様子でいる。


「……お前たちは何者だ。何故俺を知ってる。というかこの姿を見ても何故驚かない」


暢気なやつだ。ますます気に入らない。


「伏見野 尾咲。九尾の狐よ。玉藻前、の方が馴染みあるかしら ?妖怪なんだから、あんたを見ても驚かないのは当たり前よ」


私は今の自分の名前と正体を言った。

こいつが三大妖怪についてちょっとでも聞いたことがあるのなら合点が行くはずだ。


「……すまん、初対面だ。俺は酒呑童子、今は大江 伊吹という名前らしい」


全く心当たりなし、か。

あの時も部下らしき鬼にそこまで興味を示していなかったけれど、他の妖怪も眼中にないという感じだ。全くもって腹が立つ。


「私は雪女の桧森 銀花です。お二人とは生きていた時代が違うので、私は本当に初めましてですね。よろしくお願いします」


銀花は私が色々と考えていることなどつゆ知らず、酒呑童子……大江伊吹に自己紹介している。気楽でいいものだ。


「よろしくするつもりはないがな。お前たちも源頼光に殺されてこの時代に飛ばされたのか ?」


よろしくするつもりはない、ですって?余計な一言が多い。


「んなわけないでしょ、銀花は私たちが死んだ数百年後に生きていたのよ ?仮にも人間の命がそんなに長いわけないじゃない」

「む、それはそうだな。……ではどうやってこの時代に来た」


私が指摘してやると、大江伊吹は確かにというふうな顔をした。

さっき銀花が言ったのを聞いていなかったのかしら、腹立たしい。

銀花はちらりとこちらを見てきた。私が死んだ経緯を話してもよいか、と目線で尋ねているようだ。まぁ、それくらいは別にいいでしょう。私は頷いた。


「尾咲さんは人間の軍と戦って亡くなった後、私は春に雪と一緒に溶けて消えた後に転生しました」

「ふむ、どっちにしろ死んだ後か。……ちょっと待て、雪と一緒に溶けたってどういうことだ」

「雪女だから、暑いところに居ると溶けてしまうんですよ」

「……阿呆なのか」

「あ、あはは……死ぬ前に色々あって……」


なんてデリカシーのない奴なの、銀花が死んだ理由も知らないで阿呆呼ばわりなんて。

銀花は平気そうにしているけど、傷ついたんじゃないか。はっきり怒ってもいいのに。


「ちょっと、私たちは世間話をしに来たんじゃないのよ。このチラシに、『妖怪も大歓迎』って書いたのはあんた ?それともここの大家 ?まさかあんたが大家ってわけじゃないでしょうね」


私は大江伊吹と銀花の話を中断させ、銀花が持ってきた広告を見せた。

大江伊吹は怪訝そうな顔をした数秒後、思い出したという表情になった。


「ああ、それは俺じゃないし管理人でもない。バカが勝手に書いて勝手にばらまいただけだ。……お前ら、それを見てここに来たのか」

「そうじゃなかったら来ないわよ、こんなボロ屋。……で、ここの管理者は今どこにいる訳 ?」

「まだ学校だ」

「学校 ?大学にでも行ってるの ?」

「中学……と言っていたか ?そろそろ帰ってくるはずだ」

「中学 ?……中学 !?」


大江伊吹がさらっと言ったのを私は思わず聞き返した。銀花も驚いている様子だ。


「中学って、13歳から15歳の子どもが通うところですよね ?……ということは管理人さん私より年下なんですか !?」

「ああ。一年生と言ってたな確か。お前は何歳なんだ」

「私ですか ?私は……」

「レディーにいきなり年を聞くなんて失礼じゃないかしら ?」

「あ ?なんでお前が怒るんだ……というかれでぃーってなんだ」

「Lady !女性に年齢を聞くなんてデリカシーがないって言ってんの !」


二度目のデリカシーのない発言に我慢できなくて口を挟むと、大江伊吹は不思議そうな顔をした。

レディーの単語すら知らないという様子にますます腹が立って怒鳴ってしまう。


「ちょ、尾咲さん落ち着いて……というか、どうしてさっきから機嫌悪そうなんですか ?」


銀花が口論になりそうな気配を察知して間に入った。

この子はいい子すぎるから、私が言ってやらないとこの鈍感鬼には伝わらないから私が怒っているんだ。


「こいつの態度が気に入らないのよ !昔っから自分は特別みたいな感じでいて !デリカシーないし客人がいるのにゲームのことばっかり気にしてるし !私が言わないと分かんないくらい鈍感だし !」


私ははっきりと怒鳴った。

同じ三大妖怪として、周りの目を気にすることもなく、自堕落に酒ばかり飲んで生きている酒呑童子が、私は嫌いだった。


「……なぜ初対面のやつにそこまで言われなければならない。……ん ?ちょっと待て……九尾の狐……玉藻前……どこかで聞いたような……。……思い出した !!そんな奴がいると昔同胞が酒の肴に話してた !」


大江伊吹が私の怒鳴りようを見てふと気づいたような素振りを見せたと思ったら、急に記憶を取り戻したらしく、合点のいった表情をした。


「それが気に入らないって言ってんのよ、自分と酒のことしか興味がない態度が腹立たしいったら……」


「美貌と知性にかこつけて人間の男に媚を売ってばかりの雌狐と話してたな、そうかそうか。お前の事だったのか」


プツン。


私の頭の中で、何かが切れる音がした。


「あの……尾咲……さん ?」


今の私はいつも以上に怒りと妖気を放っているんだろう。

銀花がびくびくとしながら声をかけてくる。

申し訳ないけれど我慢の限界だ。年長者の余裕を見せるのも無理がある。


私は妖怪としての姿に戻った。

頭に狐の耳を、尻に九本の尻尾を生やし、着物姿に変わる。


「ふっざけんじゃないわよ !私だって好きで男どもに近づいてたわけじゃないわ !政界に行けばイケメンの一人や二人いるだろうと思ってちょろい奴から落としてただけ !山に引き篭って酒飲んでばかりのニート鬼に言われたくないわよ !!」

「あぁ !?俺は妖怪大戦の傷を癒すために身を寄せてただけだ !住み心地がよかったからそのまま定住してたが !さっきから言ってるが初対面の奴にそこまで言われる筋合いはない !」


私がブチ切れたのに対し、大江伊吹も言い返してくる。


「ちょっと、尾咲さん……伊吹さんも……落ち着いてください…… !」


銀花が私たちを止めようとするが、双方の怒号にかき消されてしまう。


「何よ、知ってるんだから !あんた酒にしか興味がなくて他の鬼たちに見放されて後年はボッチだったんでしょ !?デリカシーない自由人なんだから当たり前よねえ、他の鬼たちが可哀想になってくるわ。あんたみたいな奴が頭領なら世も末ね !」

「はぁ !?それは今関係ないだろう !というかでりかしーでりかしーってなんなんだ !よく分からない言葉を使うんじゃない !」

「細かい心配りが足りないって言ってんのよ !現代に転生したのにいつまで経ってもそんな古い言葉しか使えないなんてだっさいわねえ !」

「何が悪い !俺は今でも千年前に戻る方法がないか考えてる所なんだからな !お前らみたいに現状を甘んじて人間社会に取り込まれてる奴らとは違う !」

「私が入ってくるまでずーっとゲームしてた癖に昔に戻る方法を考えてるですって ?笑わせるわね、現代に取り込まれてるのはそっちの方なんじゃないかしら ?」

「*ンハンは遊びじゃない !持ち帰って同胞たちに紹介する価値あるものだ !」

「万一昔に戻れたとして現代のものを持ち帰れるわけないじゃないの、タイムパラドックスって言葉知らない ?」

「だからさっきからよく分からない言葉を使って話すなと言ってるのが分からないのか !」

「あの……話を……」

「そんなに言うなら決着つけるか ?悪鬼の頭領の力をお前は随分舐めているようだしなぁ、九尾の狐 ?」


大江伊吹はテーブルとソファーを部屋の端にやって、空中から棘のついた金棒を取り出した。

その小さい身体のどこにそんなものを持てる腕力があるのかと一瞬思うが、怪力という噂は本当だったらしい。


「いいわよ、あんただって妖狐の妖力の底を知らないみたいだしねえ ?管理人が帰ってこない今のうちにどっちが強いか証明しようじゃないの ?」


私は羽織を脱ぎ捨て、動きやすいようにした。妖術を基本として戦うとはいえ、裾の長い羽織を着たままでは相手の攻撃を避けられないからだ。


「妖術、『結界』 !……これでこの部屋の中は妖怪以外入れないわ、いくらでも戦える !」

「下準備に余念が無いことだけは褒めてやる。……行くぞ !」


私は妖術を使うために腕を出し、大江伊吹は金棒を振り上げた。


「……二人とも ?少し落ち着いて下さいって私さっきから何回も言ってるんですけど ?」


「っ !?」

「寒っ !?……部屋の中に雪 ?」


凍えるような寒さで正気を取り戻した。

周りを見回すと、部屋の中なのに雪が降っている。よく見ると私と大江伊吹の足元まで積もっていて、身動きが取りにくい。


振り返ると、妖怪の姿に変わった銀花が笑顔で静かに怒っていた。

白と青を基調にした着物姿で、髪の毛の一部は青くなっている。


「ぎ……銀花 ?」


普段と全く違う雰囲気の彼女に、私はそっと声をかける。


「尾咲さん ?私たちはここの管理人さんにこの下宿に住めるかどうか話を聞くのと、妖怪さんが住んでいるのであれば協力し合っていこうってことで来たんですよね ?酒呑童子の伊吹さんと喧嘩するために来たんじゃないですよね ?」


銀花は笑顔のままで、静かにゆっくりと諭すように、私に聞いてくる。

怒鳴られるよりも怖い。この子、怒るとここまで恐ろしくなるのか。


「えっと……それはその……」

「尾咲さん ?そうですよね ?」

「……はい。分かった、分かったわよ。落ち着くからあんたもそれしまいなさい、ね ?」


私が口答えをしたら銀花は懐から氷でできた小刀を取り出した。

私よりも遥かに物騒じゃないの……。


「伊吹さんも、尾咲さんが怒ってる理由はよく分かりますよね ?私のこと悪く言うのは別に構いませんけど……ここで喧嘩したりしたら住めなくなるんじゃないですか ?それくらいは考えれば分かりますよね ?」

「……ああ。悪かった。すいませんでした」


大江伊吹は私が諭されているのを見て「逆らってはいけない」と悟ったのか、青い顔をして素直に謝った。

元々、私より薄着だから本当に寒いのかもしれない。


「分かってくれるならいいんですよ、とりあえず管理人さんが帰ってくるのを待ちましょう ?」


銀花は私たちが戦意を失くしたのが分かるとすぐにいつもと同じ穏やかな少女に戻った。

小刀をしまい、人間の姿に戻ると同時に降っていた雪が消えてなくなる。


「……はぁ。ごめんなさい、ちょっと冷静じゃなかったわ……。大江伊吹、水飲んでいいかしら」

「……ああ。戸棚に湯のみがあるから勝手に使え」


大江伊吹はまだ青い顔をしたまま、ソファーにもたれかかり、しばらくして気づいたのか、ゲーム機を開いて再開した。

……あ、落ち込んでいる。セーブできていなかったらしい。

私は戸棚から湯のみ……というかコップを取り出し、水道で水を出して飲んだ。

冷たい水が体を通り、より落ち着いていくのが分かる。


「尾咲さん、私も一杯頂いてもいいですか ?」

「ええ、今持ってくるわ。……というかあんた、あの小刀どこから出したのよ……」


私は銀花の分の水を出しながら聞いた。


「あれですか ?護身用です」

「……護身用」

「はい、護身用」


どう見ても護身で使おうとしてはいなかったけれど……。


「ただいまー。……あれ?靴が多い?誰か来てるんですかー?」


銀花が水を飲んでいると、玄関先で女子の声が聞こえてきた。管理人が帰ってきたらしい。

少ししてから、私たちのいる部屋に制服を着た少女が入ってきた。

学校指定の鞄を肩に提げ、手にはビニール袋を持っている。買い物帰りらしい。


「おじゃましてるわ。水とか飲ませてもらってる」

「おかえりなさい、お邪魔してます」


私と銀花はその少女に挨拶をする。


「は、はい……。大江くん、この二人は…… ?」


少女は戸惑った様子で、大江伊吹に尋ねた。大江伊吹はゲーム機から顔を上げずに数秒間目線だけ向けて言った。


「入居希望者だそうだ。よかったな、八束のチラシの宣伝効果はあったようだ」


数秒後、ビニール袋と鞄を腕から落とし、少女は驚くと共に物凄く嬉しそうな顔になった。

さっきまであまり表情が変わらなくて何を考えているかよく分からなかったが、今は手に取るように分かる。


「本当ですか !?ここに、住んでくれるんですか !?」


……断れる雰囲気じゃない。


「ま、まあもう少し詳しい条件を聞いてからね…… ?」

「分かりました !書類とか実家にあるので取ってきますね !大江くん、お茶とお菓子をお出しして !」

「あ ?茶や菓子なんてどこにある、というか淹れ方知らんぞ」

「下の戸棚にあるから !淹れ方は袋に書いてあるから、流し台の下のやかんとか使って !お菓子は……銘菓のおせんべいで !」


少女は大江伊吹に客人をもてなすように言いつけた後、ばたばたと出て行ってしまった。


「はぁ……面倒だな……」


大江伊吹はゲーム機の電源を切り、ソファーから立ち上がった。

キッチンに向かい、茶葉と菓子を探している。


「そう言いつつもあの人間の言うことは聞くのね」

「まぁ、住ませてもらってるから多少はな」


大江伊吹は話しながら湯を沸かす。やかんを火にかけながら、せんべいを出す皿を探す。

しばらくしてから淹れ立ての煎茶とせんべいが出された。


「ありがとうございます」

「ありがと」

「味の保証はしないぞ。初めて淹れたんだ、我慢しろ」


大江伊吹がぶっきらぼうに言ったのを聞いて、私は一口煎茶をすすった。


「……苦っ !?初めてとはいえこれはないんじゃないの !?」

「だから言っただろ味の保証はしないと !」


かなり苦い。本当に書いてある通りに淹れたんだろうかと疑ってしまう。


「うっ……すみません、このおせんべい辛い……」

「……それ、本当に辛いよな。俺も八束が書類書いてる時に出されたがとても食えるものじゃなかった」


銀花がせんべいの辛さにむせている。分かっているなら別のものを出してくれても良かったんじゃないかしら、気の利かないやつ。

苦い煎茶を飲みながら、今いる部屋を見回してみる。

外観はかなり年季が入っていたが、中は意外と綺麗だ。

このクソガ鬼が住んでいるからというのもあるが、ちゃんと生活もできそうだ。


「……悪くは、ないかしらね」


私はポツリと、二人に聞こえないように呟いた。



しばらくして管理人の少女が帰ってきて、詳しい部屋の情報や条件などを話し合った。

少女は「四辻 壱子」という名前の中学一年生で、遠くで働いている両親の代わりにこの下宿の管理をしていると分かった。

私は今のアパートを、銀花は大学の女子寮を出るのに色々と手続きが必要だから今すぐという訳にはいかなかったが、一〇三号室と一〇四号室にそれぞれ住むことが決まった。

今いる部屋、一〇一号室が共有部屋で、大江伊吹及びもう一人の住人が住んでいるのは隣の一〇二号室だと知らされた時は驚いた。

あまりにも大江伊吹が我が物顔でくつろいでいたせいだ。

一方、私と銀花が妖怪であることが大江伊吹によってばらされた時、壱子は「あぁ……」と納得していた。大江伊吹が妖怪の姿のままで住んでいる時点で受け入れているようだったが、あまり驚いていない様子だった。

この壱子という人間も、結構な変わり者のようだ。

一週間もすれば、諸々の手続きが終わってこの四辻荘に引っ越すことになるだろう。

会社に伝える手間や今のアパートを出る手続きを思ってちょっと憂鬱になりつつも、新しい生活にちょっとだけ期待を持って、私は銀花とともに四辻荘を後にした。



「……そう言えば」

「 ?どうしたんですか、尾咲さん」


帰り道で私がふと思い出して呟いたのを、横で聞いた銀花が聞いてきた。


「あのクソガ鬼と決闘しようとしてかけた結界、解いてなかったはず……。あの人間、どうやって部屋に入ったのかしら ?」


あの結界は人間はおろか、並の妖怪でも解けない強力なもののはずだ。


「尾咲さんが人間の姿に戻った時に解けちゃったんじゃないですか ?」

「ああ、なるほど。そうよね、まさかただの人間が私の結界を解けるわけがないわよね……」


やはり気のせいだったか。

私は生じた違和感を払拭し、帰路についた。

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