第8話 妖怪歓迎
ピピピピ、ピピピピ。
スマートフォンのアラームの音で目が覚める。
最初使い方が分からなかったスマートフォンも、最近やっと慣れてきた。
アラームを止めて身体を起こす。
午前6時、いつも通りの朝だ。
11月下旬の朝の空気は冷たいけれど、雪女の私には過ごしやすい。
数週間前、この時代に来た時点ではもう既に涼しかったからどのくらい大変か分からないけれど、これからは夏も人間と同じように過ごさなければいけないのかな。
暑さに耐えられるのか心配になってきた。
そんなことを考えながら、朝の支度を済ませる。
トーストとソーセージ、ヨーグルトとホットココア。いつもの朝食。
昔より食べ物の種類が増えて、毎日のご飯を考えるのがちょっと楽しい。
今では料理=火を使うという訳でもないらしく……IHヒーター ?だっけ ?電気の力で加熱料理が簡単にできるから個人的には楽で便利な世の中になったなあと思う。最近はハーブティーを淹れるのが好きだ。
ご飯を食べた後、スマートフォンでニュースや天気予報をチェックして過ごす。
朝8時半になったら、勉強道具を持って部屋に鍵をかける。
私は大学の女子寮で暮らしていた。
課題やレポートで分からないところを同じ学部の学生に聞けたりして、それなりに便利だ。
あと、都外から通う学生より通学が楽だ。
今日は午後4時まで講義がある。気合を入れよう。
私が学んでいるのは、日本の文化についてだった。歴史を通して日本や周辺の国の文化を学ぶ……そんな感じの学問だった気がする。
転生する前、妖怪として見た目よりは長く生きていたから、その頃の時代背景はよく覚えている。
私が生きていた頃より前の時代の分野が少し苦手だ。
尾咲さんに聞けば詳しく教えてくれるかな。日本に来る前は中国やインドにいたって伝説を聞いたことがある。
私はふと、そんなことを考えた。
昨日の夜は驚きの連続だった。
バイト先のタ*ーズで私と同じように死んだ後飛ばされてきた妖怪の尾咲さんと出会い、お互いのことをコーヒーを飲みながら話すうちに親しくなって、連絡先を交換してから別れた。
尾咲さんは日本で名高い妖怪の一人、九尾の狐だった。
私みたいな力の弱い妖怪が転生してからそんな有名な方と話せるなんて思ってもいなかった。
初めは緊張したけれど、初対面の私にコーヒーやケーキをおごってくれたり、転生する前の私の話に共感してくれたり……とてもいい人、いやいい妖怪だった。
また時間があったら、一緒に話したいな……。
そんなことを考えている間に大学に着いた。
よし、今日も頑張ろう。
私は通い始めてそろそろ1ヶ月が経とうとする学び舎に足を踏み入れた。
2時間目の講義が終わり、昼休みになる。
同じ学部の女子学生の何人かと一緒に、大学の食堂でお昼ご飯を食べる。
食券を買って長蛇の列に並んで待っていると、近くから二人の女子が話しているのが聞こえてきた。
「ねえ、この前行った下宿 ?だけどさー」
「あー、四辻荘だっけ ?思った以上にボロかったよねえ」
「大学まで電車で一本だし、家賃も学生に優しいけどあれはないわー」
「でもさ、そのチラシ掲示板に貼ってたお兄さん、かっこよくなかった ?」
「分かる〜 !作業服姿だったけどイケメンだった !私服姿も見てみたいなぁ」
「あの人、大家さんの息子さんか誰かなのかな。また会いたいね」
「あの人が住んでるって言うならちょっと考えなくもないけどね」
下宿…… ?四辻荘……そんな所があったんだ。
ううん、でも今の学生寮が気楽だからなあ……。
あ、でも時々、部屋に入られそうになって困る時が何度かある。
部屋の中では妖怪の姿に戻っていて、調子がいいと部屋に雪まで降らせてしまうことがあるから見つかったら大変なんだよね。
掲示板にチラシを貼ってたって言ってたな……ちょっと見に行ってみようかな?
「次の方どうぞー !」
前方から食堂の店員さんの声が聞こえてきた。
私は考え事を中断して、昼食を受け取りに行った。
お昼ご飯を食べ終わったあと、次の講義までまだ時間があったから掲示板を見にやって来た。
「四辻荘……四辻荘……あった !」
沢山ある広告の中から、目的のチラシを見つける。
『四辻荘 入居者募集 !』と大きく書かれたチラシだ。
下に細かく所在地や家賃などが書いてあるけれど、写真がないからどんな外観、内装なのかはチラシだけでは分からない。
家賃の面では学生寮より安そう……いや、交通費を考えると同じくらいかな ?でも、あの女子たちが言っていたようにこの大学に電車で一本で通えるのは大きい。
「……ん ?この隅のところ、何か小さく書いてある…… ?」
チラシの隅に細かい染みが着いていると思ったが、何かの文字らしい。
じっと目を凝らして見てみる。
「…… !!これは…… !」
私は次の瞬間、チラシを掲示板から剥がしてスマホを取り出し、尾咲さんにL*NEを送っていた。
『尾咲さん !もし時間があったら放課後、タ*ーズで会えませんか ?すごいものを見つけたんです !』
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昼食を食べ終えて、TLチェックをしようとしたら、銀花からL*NEが来ていることに気づいた。
『尾咲さん !もし時間があったら放課後、タ*ーズで会えませんか ?すごいものを見つけたんです !』
すごいもの…… ?何かしら。
『すごいものって何 ?』
『下宿の入居者募集の広告なんですけど、そこに「妖怪も大歓迎!」って小さく書いてあったんです !』
「な…… !」
下宿の入居者募集広告に、「妖怪も大歓迎」と書いてあった ?
その広告を妖怪の存在を信じている者が書いているとしたら…。
私たち以外にも、現代に飛ばされた妖怪が書いている、ということか ?
あるいは、陰陽師や霊媒師の末裔が妖怪をおびき寄せるために書いた ?
何にせよ、見過ごせない事態だ。
『分かったわ、銀花は今日バイトがあるの ?』
『いえ、今日は入ってないです』
『じゃあもう少し安めの店で落ち合いましょ。そうね…駅前の*ストって分かる ?』
『はい、何回か入ったことあるので大丈夫です !』
『決まりね、なるべく早く仕事を終わらせるわ。7時に待ち合わせでいい ?』
『分かりました !』
銀花と待ち合わせの約束を終えて、一旦スマートフォンをポケットにしまう。
妖怪を歓迎する下宿……ね。誰がそんなことをしているのか、暴いてやらないとね。
私は今日分の仕事をすぐに終わらせようと気合いを入れた。
午後6時45分。
ようやく仕事が終わった私は、事務室を急いで出た。
全くあの課長、何でこんな日に仕事追加してくるのかしら……あれがなかったらもう少し早く終わっていたのに。
エレベーターで降りる間にスマートフォンを取り出し、銀花にL*NEを送る。
『遅くなってごめんなさい、やっと仕事が終わったから向かうわ』
社屋を出た時、スマホが鳴った。
銀花が返信をくれたらしい。
『私も今着いたところです !何か頼んでおきましょうか ?』
彼女とL*NEをしていると、いじらしさが伝わってきて顔がほころぶ。
『ドリンクバーを私の分も頼んでおいてくれる ?夕ご飯、先に頼んでおいていいわよ』
『了解です !』
ありがとう、と英語で書かれた札を持ったツ*ウサ。くんのスタンプを送ると、既読がついたまま返信が止まった。
いきなりスタンプ送るのはハードル高かったかしら……。というか、ヲタクじゃない銀花にツ*ウサ。くんスタンプ送っても分からないわよね。
そう思った時、お辞儀をしている女の子のスタンプが返ってきた。
うん、やっぱり可愛い。
ファミリーレストランに入ると、私と同じように夕食を食べているらしいサラリーマンが多く居るのを見かける。
目的の席に行くと、銀花がアイスティーを飲みながら待っていた。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
私は席についてメニューを開いた。
「いえ、L*NE送ってからすぐだったから驚きました」
銀花は私におしぼりを渡してくれた。
しばらくして、ウェイトレスが水を持ってくるとともに注文を聞きにやって来た。
「アボカドシュリンプサラダ1つ」
私がサラダを頼むと、ウェイトレスは少々お待ちください、と言ってキッチンに消えた。
「尾咲さん、サラダだけでいいんですか ?」
「いいのよ、普段は夕ご飯食べてないし。この歳になると食事に気を遣わないといけなくてね……」
「え、尾咲さんいくつ……ってことになってるんですか ?」
「人間社会での年は27歳よ。銀花はもうしばらくはちゃんと三食摂らなきゃダメよ ?まだ成長期なんだから」
保険証には誰が決めたか分からない生年月日が書いてあった。
実年齢だったら大変なことだけど、もう少し若くてもよかったんじゃないかと思う。
コーヒーを取りに行ってから、私は話を切り出した。
「その、銀花が見つけたチラシを見せてくれる ?持ってきていたらでいいんだけど」
「あ、はい。これです」
銀花はカバンから畳んだチラシを取り出して私に見せた。
『四辻荘 入居者募集 !』と大きく書かれたチラシ。所在地や家賃が細かく書いてある。
「これを作ったやつは急いで作ったんでしょうね……締切ギリギリだったのか、急に作れる環境が整って早まったのか……」
「え ?何でそう思うんですか ?」
「ちゃんとした広告を作ろうとするならもっとレイアウトを見やすくするはずよ。それに外観や内装が分かる写真も何もない。見るやつが見れば、素人が作ったってひと目でわかるわ」
「な、なるほど……すごいですね……」
問題は銀花が話していた小さな文字の方だ。
目を凝らしてチラシの隅を見ると、確かになにか書いてある。
「『妖怪も大歓迎 !』……確かに書いてあるわね……」
「これ、やっぱり私たち以外にもいるってことなんでしょうか ?」
「なんとも言えないわ。もしかしたら私を倒した安倍秦成みたいな陰陽師の血縁が私たちをあぶり出そうとこんなものを作ったのかもしれないし」
話していると、銀花が頼んだらしいきのこ雑炊と私が頼んだサラダが来た。
食べながら、話を続ける。
「いずれにせよ、確かめる必要があるわね。……もしそこに私たちと同じ立場の妖怪が住んでいたとして、銀花はどうしたいの ?」
私はサラダを口に運びながら銀花に尋ねた。
「へっ ?そ、そうですね……相手にもよりますけど、情報を交換したり、協力できたらいいな……と思っていました」
銀花は雑炊を食べながら言った。
「はぁ……いい子ちゃんねえ、あんた」
「えっ !?だめ……ですか ?」
「いやいや、褒めてるのよ ?もしかして、同じ雪女以外の妖怪に会ったことない ?」
「は、はい」
なるほど、結構世間知らずらしい。
私はコーヒーを一杯飲んでから言った。
「銀花は私が生きていた時代から何百年も後に生きていたみたいだから知らないかもしれないけどね、妖怪同士が協力するなんて、滅多にないことだったのよ ?」
「そうなんですか ?」
「妖怪大戦の話とか、雪女の一族でされてない ?……あー、雪女は参戦してなかったかしら……」
「よ、妖怪大戦 !?」
「しっ、声大きいわよ」
「す、すみません」
驚いて大声を出した銀花を注意しつつ、私は話を続けた。
「私も積極的に参加してたってわけじゃないわ、野狐の中で血気盛んな奴らから懇願された時に力を貸してあげるくらいで。……まあ、今は争ってる暇なんてないけど……相手がわからない以上、用心に越したことはないわ」
特に天狗とか鬼とかが相手だったら尚更ね。あいつらはプライドが高い上、戦闘能力もそれなりにあるから……。
「は、はい……」
「……まあいいわ、万一戦闘になったら私が相手してあげるから。銀花が暇な時にでも見に行きましょうか」
私は妖怪大戦の話で緊張していた空気を解いた。
「え !?いいんですか ?」
「ええ、有給とるから」
「そんな、貴重なお休みをこんな事のために……」
「こんなこと、じゃないでしょ。私たちにとっては一刻を争う事態だわ」
それに、幸い入社してから一度も有給は使われていない。転生する前の私はかなり優秀な社畜だったらしい。今回ばかりは感謝する。
「あ、じゃあ早速ですけど、明日は午前中までしか講義がないんです。またこの辺りで待ち合わせて、行ってみませんか ?」
銀花は嬉しそうな表情でスマートフォンを見ながら話している。スケジュールをチェックしているのか、ちゃんと管理しているようで偉い。
「オッケー、すぐに向かいたいし、今度は駅の改札前で待ち合わせましょうか。午後1時でいいかしら ?」
「はい !」
私たちは再び待ち合わせる約束をした後、夕食を食べた。
またおごろうとしたが、連日払ってもらうのは申し訳ないからと断られてしまった。
まあ……正直、何日も外食できるほど財布の事情は芳しくないからほっとした。
翌日、某駅の改札前。
今日は私の方が少し早く着いた。
銀花を待ちながら、ツ*パラを開く。
まさかこの私がイベントの期間を見間違えるとは。
緊急メンテナンスが入って午前2時までになっていたのを午後2時終了と勘違いしてしまった。
まだ結果集計中、か……昨日の夜、ガチ勢の追い上げが凄かったのかやってもやっても順位が落ちていたし、5000位以内に入れたらいいほうね……。
「尾咲さん……尾咲さん ?」
「わっ !?」
突然肩を叩かれて驚いてしまった。
「す、すみません。夢中でスマホを見てたからどうしたのかなあと思って……」
「な、なんだ銀花だったの。ごめんなさいね、驚かせて」
私はイヤホンを外しつつ、ツ*パラを止める。
「いえいえ、私の方こそ。何を見ていたんですか ?」
「スマホゲームをちょっとね……」
「え、尾咲さんゲームとかやるんですか !?意外です……」
「あんた私の事なんだと思ってるのよ……結構やってるわよ、ほら」
私はそう言ってスマートフォンの画面を見せた。
私は1つのものをやり込むタイプだから少なめだけど、佐藤さんは私の2倍はアプリゲームを持っていた気がする。それでも課金勢だから私よりランキングで常に上位にいて流石だと思う。
「本当だ……でもすみません、どれも知らないゲームです……」
「いいのよいいのよ、銀花はこちら側の世界に来ちゃダメよ ?戻れなくなるから」
「こちら側…… ?よ、よく分からないけど分かりました……」
よし、愛すべき非ヲタを守り切った。
「それより早く行きましょ、そろそろ電車が来るわ」
「そうですね !」
私と銀花は西*線に乗り、目的の駅へ向かった。
四辻荘という下宿は最寄り駅から徒歩10分圏内にある。
それだけ聞くと便利なように思えるけれど、駅から離れるにつれて住宅が多くなってきた。
午後の住宅街は閑散としている。皆学校や仕事に行っているから当たり前だけど。
「……ここ ?」
「ええ、住所を見たところそうです……」
私たちは目的地に着いた。
銀花が大学で耳にした話を聞いて覚悟はしていたけれど、かなりボロい。
こんなボロ屋でよく入居者を募集しようと思ったものだ。
まあ、家賃と立地を考えると妥当といえば妥当……なんだろうか。
「さて、大家がいるかどうか……」
私は一〇一号室と書かれた扉のインターホンを押した。
しかし、何回鳴らしても誰かが出てくる気配はない。
「……出ませんね」
「外出してるのかしら…… ?それとも他の部屋 ?いや、でも普通は一番目の部屋に住むものよね大家って……」
私がどうしたものかと考え込んでいると、銀花がこっそりと扉に手をかけた。
「……あっ !鍵、開いてますよ尾咲さん !」
「嘘 !?随分無用心ね……」
銀花がそのまま、恐る恐る扉を開けた。
玄関にはわらじが一足転がっている。……わらじ ?今どき古い物を身につける大家なのね。
「……何か向こうの部屋で聞こえません ?」
銀花が小声で耳をすましながら言った。
「確かに……居留守使ってたってこと ?いい度胸してるじゃない、こっちは条件よければ住んでやってもいいっていうのに…… !」
「あ、ちょっと尾咲さん !?」
居留守を使われたことに腹が立った私は、ブーツを脱いで部屋に入った。
「ちょっと !いるんなら出てきなさいよね !入居者募集のチラシばらまいといて、その態度はないんじゃないの ?」
「あぁ !?うるさい、今*ララアジャラを倒して……は ?」
私が中に入ると、頭に2本の角が生えた少年が、3DSで遊んでいた。
「……し、しまった。隣から飲み物を持ってきた後鍵をかけ忘れてた……ああ、体力なくなった……」
少年は私の顔を見て状況を把握したらしく、3DSをちょっと操作したあとそれを置いて慌てている。
私はその声を聞いて、転生してから今までで一番の驚きの声を上げた。
2番目に驚いたのは銀花と会った時だ。彼女には申し訳ないけれど、驚きのレベルが上回ってしまった。
「あ、あんたまさか……酒呑童子 !?何でこんな所にいるの !?」
「…… ?誰だ、お前は」
私の驚きの声に、酒呑童子は間抜けな返答で返した。
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