第73話 ニートへの後悔
一度、お互いに距離を取り、仕切り直しを図る。突風が吹きつけ、僕の被っていた警備帽を海の上に飛ばしてしまった。
「果たして、生きていると言っていいのか、死んでいると言っていいのか、それすらも分からない……白でも黒でも無い【
アッシュのレイピアの先端が光る。その閃光がまるで蛍のように船上で舞う。僕は身を捩りながら、その攻撃をかわす。今度はダガーを突き出す隙も与えてくれない。
「どうなさいましたの? このままではニートピアからの脱出は無理ですわね」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。あのレイピアで突かれたら、アカバネたちと同様、身体の自由は利かなくなるだろう。だとしたら抗うより道は無い。しかし武器の射程は断然アッシュの方が有利だ。
三度、アッシュと激突する。繰り出されるレイピアの刺突をダガーで応戦し、剣戟を繰り返す。これが映画ならちょっとは様になっていただろう。しかしこれは現実なのだ。現実の世界で行われている命のやり取り。
僕は成す術も無く船の舳先まで追い詰められる。その先は——海だ。
「貴殿の血液をおとなしく差し出すか、それとも魚たちの餌になるか? どちらが世の中にとって、貢献度が高いのでしょうね?」
マスクの下からフフフと笑い声を出した。
「僕がこれまで家族に迷惑を掛けてきたことは否定しない。それもまた自分の瑕疵として飲み込む覚悟はできている。でももし願うなら、もう一度家族の元で人生をやり直したい。それが僕のできる貢献だッ!」
咄嗟に思いついた攻撃だった。
僕はポケットから黒パンストを取り出すと、それを投げ縄のようにレイピアに向けて投げつけた。パンストの先端がレイピアに絡む。
「
「な、何ですって」
不意を衝いた僕のパンスト攻撃は功を奏した。僕は手にしていたパンストを引っ張り上げると、アッシュからレイピアを奪うことが出来た。魚釣りのように釣り上げたレイピアは宙を舞い、そのまま海の中へポチャンと沈んだ。そしてアッシュの横を走り去るように、握りしめていたダガーを彼女の横腹に突き出した。
「レイジングスピリッツ!」
「ウウッ! アアアアアッ!」
「おもちゃかもしれないけど、システムとリンクしているから通電能力はあるッ!」
アッシュがうめき声を挙げ甲板の上に倒れる。ダガーにさほどの攻撃力があるとは思えないけれど、腹部という急所攻撃、それにスタンガンほどの電力はあるはず。そうたやすくは回復しないだろう。
僕はダガーを捨てるとアカバネのところに駆け寄った。
僕は彼女を抱きかかえて、
「大丈夫か? しっかりしろ!」
と声を掛けてみた。しかし反応は返ってこなかった。同様にパピヨンも抱き起こすが、息はしているものの、口から泡を吹いたまま気絶している。
そのとき、船が大きく揺れた。前方を見ると間近に港が迫っている。停泊する幾多の船舶。その密集地に乗っている海賊船が突っ込もうとしていた。
「ホビット……ねえホビットってば!」
この船を操舵できるのは、船乗り見習いの彼しかいない。僕はホビットを膝の上に抱きかかえ、彼の頬を強く引っ叩く。しかし、彼も失神して身動きひとつ取れないでいた。
船速は徐々にスピードを上げて行く。自動航行とは言うものの港で停止するような気配はまるで無い。自動航行っていったい何だよ!
「このままでは船が港に突っ込んでしまうよッ!」
僕はホビットを抱きかかえた。少しでも衝突のショックに備えようとした。ここまで導いてくれた親友を、僕は自分の身を挺して護ろうとしたのだ。
僕は喉が張り裂けんばかりに、天に向かって咆哮する。
「こんなことになるんなら、引きこもりなんてなるんじゃなかったッ!」
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