第69話 ニートの血液
病院などで見られるリノリウム製の弾力のある床を、滑るように僕たちは駆けて行く。
途中、警備員と思しき者が懐中電灯を照らしながら建物内部を闊歩する姿を目撃した。僕たちは闇に身を潜ませることでうまくやり過ごすことができた。最悪目撃されても、着用している警備服でごまかせるかもしれない、という淡い考えを抱いていた。そのための警備服なんだからな。とにかく、先へと進むのみだ。
そして階段をいくつかのぼり、たどり着いた先のエントランスプレートに「LAL試薬場」と書かれている部屋があった。そのガラス戸から内部が見えた。そこで見た光景に僕たちは驚いた。
「な、なんだよこれ……」
それは国の天然記念物に指定されている多数のカブトガニが、ゴムバンドで締め付けられていた。その固定された体からビーカーの底に向けて、青い液体を抽出しているのが見えたんだ。
「やはり思った通りね」
アカバネは言った。
「どういうこと?」
「LAL試薬……細菌汚染検査に活用できるカブトガニの青い血液のことよ。価値は1リットルで百五十万円が相場だと言われているわ。血液を採取されたカブトガニはそのまま海に返されるのだけれど、その内の何割かが死んでしまうため、日本国内では違法とされている。しかし、ニートピアはこの手法よりも高い効率で、血液を製造できる方法を編み出していた」
「それが……ニートモから採血した血液ってこと?」
僕の問いにアカバネは頷いた。
「ニートピアの運営を担っている『プラチナアクエリアス社』は、このカブトガニのような試薬に適した血液を、ニートを使って精製していたってわけね」
パピヨンが腕を組んで独りで何度も頷いた。
「カブトガニの血液が青い理由は、血液中に多量の銅成分が含まれているからと言われている。だとしたら、人間の体内にも銅成分を摂取し続けられたらどうなるかしら?」
僕はホビットが医務室の前で、紫色の鼻血を出したことを思い出した。
「つまりニートピアってのは、外面は引きこもり者の社会復帰を支援する会社と謳っているけれど、実態はただの奴隷商人だったってわけ?」
パピヨンの疑問にアカバネが頷く。
アカバネがどこからかデジカメを取り出すとその光景を写真に収め始めた。この撮影によって世間に対し、何を説得できるというのか、僕には分からなかった。ただ、抱いている危機感のようなものはひしひしと伝わって来た。
「銅成分を多量に摂取した人間がどういう結末を辿るか? デブドラを見てみんな分かったはずよ」
腹芸を繰り返し行い、過度の笑いを要求する姿は正に奇行そのものであろう。そして最後は、それが元で死んだか、あるいは施設に消されてしまったか……。
僕はその事実に恐怖し、不用意に後ずさりをした。そのときだった。
センサーが感知し、僕たちの前に映像が現れる。
通路一杯に横幅を持った、大きなカメのモンスターだった。
「ア、アダマンタイマイ!」
アカバネが叫んだ。
口の両端に鋭利な牙を持ったアダマンタイマイがラボラトリー内に出現したのだ。
「ちょっとぉぉ! もう武器なんて持ってないわよ!」
パピヨンが頬を両手で押さえて叫んだ。RPGの愛好家なら、このモンスターがいかに攻略し難いか分かっていた。守備力の高い堅牢な怪物だ。
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