第66話 ニートピア脱出計画

「ねえアカバネ。本当にこんなヘタレを連れて行くつもり?」


 パピヨンがアカバネの方に体を向けた。


「ええ。正直三人でも心許ないのに」


 アカバネが目を瞑って、ふうとため息をついた。


「どどどどどどういうことだよ」

 僕は吃りながら訊いた。


 パピヨンがもう一度指を鳴らすと、ゾンビの群れは煙が立ち消えるかの如く霧消した。


「この一帯には高レベルモンスターが配置されているの。つまりここに向かうためにはこのモンスターたちを瞬間的に殲滅する必要がある」


 アカバネの言葉に僕は反論した。

「ちょっと待って。それって変じゃない? もうウェアラブルジャケットも、アーム端末も装備していないんだよ。僕らの位置を知られる可能性も無いんだし、たかが映像のモンスターなんてどうでもいい話じゃない」


「アンタは本当に馬鹿ね! それはあくまで経験値やアイテム取得に必要な場合であって、このモンスターというのは言わば警報替わりになっているってことよ!」

 パピヨンがもう一度、馬鹿ッと付け加えた。


「パピヨンの言う通りよ。私がこれまでレベル上げを続けてきた理由がそれなの」


「その警報の役目を果たしているモンスターは、出現から三秒ほどでニートザワールドの運営施設に、プレイヤーの位置情報が通報される仕組みになっているっつうわけ。動物や風の影響でセンサーが誤作動する可能性もあるから、三秒以内にモンスターから逃げる、あるいは退治をすれば、通報は行われずモンスターの姿が消滅すんのよ!」

 パピヨンは声を荒げた。


「しかし、逃げると言う選択肢はあり得ない。センサーを感知したモンスターはよほどの距離を逃げない限り消滅しない。それはもう経験済みよね?」


 僕はアカバネに言われニートザワールドでの初日のことを思い出した。あのときは芋虫型の強モンスターに追われたんだよな。


「つまり、高レベルプレイヤー三人による高レベル武器での加重攻撃によって、そのセンサーを突破すれば問題は無いの。ちなみにアーム端末と手持ちの武器は、広範囲で通信連動しているから、高性能の武器だけを手に入れさえすればいいというわけではない」


 アカバネの言う通り、ニートザワールドで使用できる装備と自身のレベルがリンクしていなければ不正と見なされる。それは冒険初日にホビットから説明を受けていた。


「そして数々のセンサーを突破したその先に、ニートピアの秘密がある。私はそう睨んでいるわ」


 僕は神妙な面持ちで頷く。

「でもなんでこんな雨の中、決行するのさ?」


 こんなずぶ濡れになってまで、その秘密を暴く理由が僕には分からなかった。


「——着ぐるみ恐怖症。これはあくまで推論なのだけれど、施設長のアッシュクロウは、ゲームやアニメ、果ては着ぐるみと言った、人外の動体物が苦手であると私たちは思っている。テーマパークを模したこの施設にマスコットキャラクターが存在しない理由にも説明がつく」


「この城にモンスターを配置しているのも、それを苦手としているアッシュを近づけないためよ」

 パピヨンは得意げに言った。


「その根拠は?」


「月に一度の健康診断は必ずその週の雨の日に行われる」

 アカバネが言った。「これは過去の統計から言ってもほぼ100%よ」


「その雨の日に採血した血液を、アッシュ自らが運転する小型バンでラボへと運んでいるのは、周知の事実なのよねえ」


「そして雨の日はニートザワールドで出現するモンスターの映像が乱れ、モンスターは強敵ばかりになり、ウェアラブルジャケットは申し合わせたかのように不具合を起こす」


「そっか、それってニートモを外出させないためだ!」僕は叫んだ。

 パピヨンとアカバネの説明で全ての合点がいった。難解なパズルが全て完成した瞬間であった。


「でもおかしいよ。アッシュは自身でカラスの着ぐるみのような恰好をしてたよ」

 ここに連れて来られたとき、確かに彼女はカラスのような恰好をしていた。


「苦手を克服する者の荒療治方法だと思う。着ぐるみ恐怖症を根治するには、着ぐるみそのものに入ることが必要なんでしょうね」とアカバネが言った。


「得体の知れない何かが動く、ってことがアッシュにとっては精神的なダメージを与えるというわけね」

 とパピヨンは自分の言葉に自分で頷いた。


「私たちの行動にニートモ全ての命が掛かっている」


 アカバネは僕の目をじっと見つめた。いつになく真剣な眼差しに、僕は吸い込まれそうになった。


「では二人とも、準備はいいかしら?」

 アカバネの問い掛けに、僕とパピヨンは勢いよく頷いた。

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