第65話 アカバネがニートになった理由
僕は一室をあてがわれると、その部屋で位置を特定されるという装備を外した。まずは防弾チョッキのように重量のあるウェアラブルジャケット。そしてアーム端末だ。もう経験値もアイテムもそしてニータも必要ない。こんなことなら、ニータを使い切るくらいの贅沢をしておくべきだった。こいつらとはここでお別れとなる。
濡れた衣服を全て脱ぎ、バスタオルで髪を乾かすと、とコンコンと部屋をノックする音が扉の方から聞こえてきた。——アカバネだった。
「うわわわわ」
返事をする間もなくアカバネが部屋に入って来たのだ。僕は慌てて自身の裸体をタオルで隠す。
「ごめんななさい。まだ着替え中だったのね」
彼女はずぶ濡れのダークナイトの装備のままだった。
「どうしたの?」
僕はアカバネに訊いた。
彼女は部屋のドアを閉めると、突然着こんでいた黒い甲冑を脱ぎだした。
「いッ!」
僕は余りの出来事に驚いた。なんだか急転直下過ぎる話だ。ここを脱出する記念として、僕の童貞という迷宮からも、脱出させてくれようという魂胆なのか?
「以前訊いてきたでしょ? なぜ私がアカバネと呼ばれているか。そしてなぜニートピアを出たがっているか。それを見せに来たの」
確かに僕は以前、アカバネに対して気になっていることを、直接彼女に訊いたことがあった。でも、そのときは話をはぐらかされて、何も答えてはくれなかった。
彼女は装備の一枚一枚を丁寧に脱いでいく。そして背中を向けると、彼女の名前の由来が判明した。
「こ、これは……!」
一糸纏わぬ彼女の背中に、カタカナの「ハ」の字を描いたような赤い瘢痕が見られた。それは一見すると「赤い羽根」を思わせたがおそらくは
「アイロンを押し付けられた跡よ」
アカバネは静かに言った。そしてその瘢痕をまざまざと見せつけたあと、彼女は再び下着を身に着けた。
「一体誰にそんな酷いことを」
僕は口を手で覆いながら言った。
「母親よ。と言っても血の繋がっていない女だけど」
背中の瘢痕の原因は、継母による虐待の証だった。
「その女が先日、事故で亡くなったと聞いたの。それまでここで隔離されるように過ごしてきたけど、私を虐げる者がいなくなった今、ここに留まる必要が無くなった」
「そういうわけか……」
その話を聞いて僕は恥ずかしくなった。自分の境遇なんて引きこもりになるほどの重篤な原因でも無かったからな。アカバネを含め、ホビットやデブドラたちといった他のニートモに比べれば、僕の「理由」はあまりにも些細過ぎた。こっちはパンスト泥棒だぜ。
「準備が終わったら声を掛けて」
アカバネが部屋から出て行くと、僕は新しい下着と昨日ランドリー室から人数分を盗んでいた警備員服へと身を包んだのだ。
階下のロビーに着くと、僕やアカバネと同じ警備員服に身を包んだパピヨンが待っていた。そして僕たちを見ると「遅い」と呟き、一枚の地図を僕とアカバネに見せた。
「いまアタシたちのいる場所がこの辺ね。そして北東の崖をぐるっと時計と反対周りに行くと、おそらく何かしらが行われている
「そのラボにニートピアの秘密が?」
「ええ、おそらく。そこに行けば、私たちの食事に過剰な銅成分が含まれていた理由があると
アカバネはラボのある場所を指で示した。
「そんなのアカバネやパピヨンの力で、手っ取り早く調べれば良かったのに」
アカバネたちはすでに高レベルプレイヤーだ。その場所にたどり着くなどいとも簡単なように思えた。
「私がそこに行くこと自体は簡単。しかしひとつだけ問題がある」
「徘徊しているモンスターよ、坊や」
パピヨンが指をパチンと鳴らすと、ロビーに設置していた無数のセンサーから赤外線を照射し、僕の姿を捉えた。するとぼわっと霊体が現れるかのように、ゾンビの群れが出現したのだった。
「ひええええええええええええ!」
僕は堪らず尻もちを着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます