第63話 ニートと仲間の別れ
その日の夜、僕は身支度を整えると自室を出た。そっとドアを閉めると、僕は部屋に向かって一礼をした。約三か月世話になったんだ。所詮はニート。棲家を離れるというのは、身を切るような辛さがあるというものさ。
そして左隣の部屋の前に立つと、僕はチャイムを押そうとした。しかし、途中で指先が止まった。ホビットを呼び起こして、彼に何て言えばいいのか? そう思うとそれ以上指先が動かなかった。僕は自身の部屋に対して行ったように、彼の部屋にも一礼をし、
「さよなら」とだけ呟いた。
下階におりるとゲロイカ寮のロビーにドールが背中を壁に付けて立っていた。違う寮のニートモが館内にいるというのは違和感がある。
僕は彼女の元に歩いて行く。
先に声を掛けたのはドールの方だった。
「行くんだね?」
僕はその問い掛けに「うん」とだけ答えた。
ここ最近で、彼女とは急接近していた。
「一緒に来ないか?」と言うこともできた。しかし、その言葉が言い出せない。なぜだかは分からないけれど、きっと彼女はここにいる方が幸せなのだろうと思った。
「ホビットには何て伝えたの?」
彼女は静かな口調で訊いてきた。
僕は首を縦に振って、
「僕たちはいつも一緒だよって、そう言ってきた」
「なるほどね」
ドールはひとり得心したように頷いた。
「たぶんそれで僕の真意は伝わっていると思う。ホビットはここを離れたくないって言ってたから、互いの立場上こうなることは理解できたはずだ」
僕の言葉にドールは何度も頷きながら、
「でも、きっとどこかでまた会えるよ」
ドールの優しい言葉に僕はグッと胸の奥からこみ上げてくるものがあった。僕は精一杯我慢して、
「そうだといいな」と涙声になりながら言った。
と、ドールが突然、僕に抱き付いてきた。
「え?」
思いもよらない展開に僕の心はドギマギした。一体何が起こったというんだ?
「ボクは男の子だ。物心ついたときからずっとそうだと思っていた。でもキミと過ごすうちに、『やはりボクは女の子なんじゃないか?』と思うようになってきていた。その答えを知りたくて、今夜キミに会いに来た」
ドールが僕の体から離れた。
「でも、その答えをキミの口から聞くのは酷かな?」
ドールが少し涙ぐんでいる。僕は何も言えずにただ立っていた。
そして、しばらくしてから、
「僕の気持ちをここで喋ってしまうことが、果たしていいことなのか悪いことなのか。今は見当もつかないよ。ただ、この先ドールが過ごす人生の中で、僕という存在が薄れゆく記憶の合間に、ほんの少しでも生き残るのであればとても嬉しいよ」
「ボクはね」ドールが言った。
「ドールと呼ばれる前は『ハーフ』って呼ばれていたんだ。勿論、両親のどちらかが外国人、っていう意味では無いよ。それは男と女の心が半分ずつ(ハーフ)っていう意味だ。でもその呼び名に反発するかのようにボクは感情を表に出さないようにした。そしたら呼び名がいつの間にか『ドール』になっていた」
ドールは俯かせていた顔を急に上げ、
「だから半分なんだ。キミへの友情が半分……恋心が半分……」
まるで凍えるかのように、ドールの体が小刻みに震えた。
「分かったよ」
僕はドールの目をじっと見た。
「じゃあ僕も半分だけ、ドールのことが好きだ」
その言葉に、ドールの涙袋から堰を切ったかのように涙が溢れた。
「でも、僕は行かなくてはならない」
「……分かってる」
ドールがその場で蹲った。そして、
「デブドラから庇ってくれて、ありがとう」
と彼女はくぐもった声で言った。それから「さようなら」と、小さな声で言った。
僕も「さようなら」と肩越しに彼女に告げると、後ろ髪を引かれる思いで、その場をあとにした。
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