第35話 ニート、ホビットに金(ニータ)を貸す

 昼食後。いったん自室へと戻って来た僕は、ベッドの上にゴロンと寝転がった。


 そしてドールから言われた言葉の数々を思い返していた。


 ニートピアの生活は苦では無い。勿論、ホビットの煩わしさやデブドラの腹芸にはほとほと手を焼いたけれども。それが今や仲間となり、充実した日々を過ごせるようになってきていた。それを手放す理由が他にあるだろうか? そもそも元の生活に未練があるのか? 


 そんなことを考えていたときに、自室のチャイムが鳴った。


 玄関を開けると、ホビットがそこに立っていた。


「やあホビット、実はこれからキミを呼びに行こうと思ってたんだ」


「おおそうか。奇遇だな。俺も実はお前に頼みごとがあって、部屋を訪れたんだ」

 と、ホビットが体をモジモジさせながら言った。


「頼み事って何?」


「いや、何、そう大した用では無い。先にクロパンの用件ってやつを聞かせてくれ」

 僕はドールと話し合ったことをホビットに聞かせた。ただし、アカバネのことについては一切触れなかった。


「つまりドールってヤツもパーティーに加えると?」


「うん、でもそれだけじゃないんだ。実はデブドラもパーティーに入れようかと思って」

 デブドラの名前を口にした途端、ホビットの顔が一瞬だけ曇った。


「あのデブドラを……?」


「そうだ。パーティーの人数が多ければ多いほど経験値にボーナスが付くみたいなんだ。だから彼にも協力を仰ごうと思っている」


 ホビットは少し考え、

「何がお前をそこまでさせるんだ? やはりアカバネが原因か?」


 随分と要所を的確についてくる男だ。


「まあね」

 とほのかにアカバネのことを匂わせた。


「ふーん」

 とため息にも似た声を出し、「惚れた男の弱みだな。まあそこまでお前がご執心なら俺は止めやしないが、ここに放り込まれて三年、ニートモで恋愛にうつつを抜かすヤツは初めてだ」

 としぶしぶではあるが僕らのパーティーに二人が加わることを了解してくれた。


「で、ホビットの頼みごとは何?」


「それなんだが……」

 と、口にはするものの言い出しにくいことなのか、なかなか喋ろうとしなかった。


「ねえ、僕は最初キミに会ったとき、どうにも胡散臭いヤツだなと思っていた。馴れ馴れしいし、チビだし、オッサン顔だし」


「随分な思われようだな」


「でも今は違う。ニートピアでうまくやっていくにはやはりホビットの力が必要だと思っている。今度は僕がキミを助ける番だ。何でも言ってよ」

 と彼に告げた。その言葉に気を良くしたのか、


「じゃあ正直に話す。実はその……金を借りたいんだ」


「お金? それってニータのこと?」


「そうだ」


「いくら?」


「ズバリ一万ニータ!」


「一万!」


 僕の声が上擦うわずった。一万と言えば、僕の日給の四日から五日分に相当する。


「この間の金貨の額面分じゃないか? 一体何に使うの?」


 借金の申し出に少し困った顔をしてみせた僕ではあったけれど、貸すことができない金額でも無い。しかし、衣食住何不自由なく暮らせるニートピアで、それだけの額を一体何に使うのか、不思議に思うのが自然というものだろ。


「前に話したと思うが、パピヨンのライブが近づいているんだ。そのライブチケットを手に入れるためにどうしてもそれだけのニータが必要なんだが……」


 ホビットの声が消え入るように段々と小さくなっていく。親しき仲とは言え、金の貸し借りというのは、僕が思っている以上に彼にとっては恥ずかしいことのようだ。


「ちょっと待ってて」

 そう言うと部屋の中に入り、再び玄関口へと戻ってくる。机の引き出しにしまっておいた『壱萬ニータ』の金貨を、彼にそっと差し出した。


「いいのかクロパン?」

 ホビットは僕の顔を見上げた。


「返済期限はいつだっていい。これで楽しんで来いよ」


 差し出した僕の手に頬擦りしながらホビットは、

「すまねえ。やっぱ持つべき者は友達だよな」

 と何度も頭を下げて、彼は金貨を握りしめた。

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