第34話 ニートとドールの密談
こうして、デブドラと和解が成立した僕たち三人は、一緒のテーブルで食事を摂ることにした。
この日から僕の知名度がニートピア内で爆発的に上がったんだけど、もうひとつ目に見える劇的な変化があった。
デブドラとその子分たちが真面目にランドリーの仕事に取り組むようになったことだ。
「手をしっかり洗うようにね」
ドールの言いつけに従い、脂ぎったその手をしっかり洗浄、消毒した上でランドリー作業に彼らは勤しんだ。
するとこれまで四時間は要していた作業が段取りの良さで半分の時間まで短縮ができた。
「キミのお蔭だよクロパン君。いや、今はコブラ君だったっけ」
僕は笑いながら蝿を追い払うかのように手をひらひらとさせた。
「お願いだから、クロパンて呼んでよ」
「でも名前が変わることは此処ではよくある話だよ。かつてこのボクも——」
「ん?」
「あ、いや、何でも無い」
ドールは慌てて洗濯物を手にした。
「それにしてもあのデブドラを改心させるというのは口で言うほど簡単では無かったはずだよ」
「たまたまだよ。それに根は悪いヤツでは無いと思うんだ、アイツら」
デブドラと子分たちがダストシューターから流れてくる洗濯物と格闘している姿が目に入った。
「改めて礼を言うよ」
ドールは畳んでいた手を止め、僕に向かって頭を下げてきた。
「よしてよ」
僕は笑顔でその返礼に応えた。
「何かボクにできることは無いかい? クロパン君にお礼がしたいんだ」
「お礼って、そんなこと言われても何もないよ」
「キミ……もし間違っていたら謝るけど、本当はココを出て行きたいんじゃないのかな?」
「出て行く?」
ドールの言葉に驚いた。家を放逐された手前、そんなこと考えたことも無かったよ。
「キミはここにずっといるべき人間ではないと思うんだ。何がきっかけで引きこもるようになったのかは知らないけど、心に闇を抱えているボクやマウス、アマゾネス、それにデブドラとは少し違うように思えるんだ」
僕は照れ臭くなって視線を床に向けた。
「そ、そうかな」
「うん、そう思うよ。ここを出たいという言い方は語弊があるかな。ここを出て行くべきだと思う」
「今さら両親に合わせる顔が無いよ」
僕はこれまで数々の暴言を両親に浴びせたことを思い返していた。
「その気があるならボクは手伝うよ」
「でも施設長のアッシュがここからはそう
「アカバネなら何とかできるはずだよ」
「アカバネ?」
銀髪のあの少女を思い出した。「どうしてアカバネが?」
ドールが周囲をキョロキョロと伺い、僕に近づいて、
「内密にしてね。実は彼女、ニートピアからの脱出を図っている」
「脱出?」
ドールが僕の口を手で塞いだ。デブドラたちがこちらをちらりと見たが、しばらくすると作業に戻った。
「シッ! 声が大きいよ」
「ゴメンゴメン」
僕はドールに謝罪した。
「けど、どうしてアカバネが脱出を? ここでは有名なニートモだろ?」
「彼女はとある事情でこのニートピアに放り込まれた。しかし今となってはその事情が全てクリアとなったため、もうここにいる理由が無い。だから彼女は脱出のために秘密裏に行動している」
「どうしてドールがそのことを知ってるの?」
「彼女のウェアラブルジャケットに不正がなされていることに気が付いた」
「不正?」
「うん。雨の日は決まったようにウェアラブルジャケットが不具合を起こす。その際にジャケットが通電しないように、アカバネは処理を施していた」
「それって単にジャケットを修繕していないだけなんじゃ……」
ドールは首を横に振った。
「そしてその事実を施設側に通報する前に、ボクは彼女にこのことを告げた」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「アカバネはボクにこう言ったんだ。『脱走を図るうちにニートピアの秘密を知ってしまった。今はその証拠集めに奔走している。だからこの不正利用を見逃して欲しい』と」
「秘密って?」
ドールは目を閉じて首を横に振った。
「それは打ち明けてくれなかった」
「そっか……」
「でも三寮長のひとり、【
「三寮長のひとりなの、アカバネって?」
「うん」とドールは頷いた。
「しかし、彼女と行動を共にするなら、レベルを上げなくてはならない」
「レベルって……ニートザワールドの?」
「ニートピア内を自由に行き来できるようになるには、ニートザワールドのレベルを上げるしか手が無い。彼女が必死になってレベルを上げているのはそのため。一説によると、過度にレベルの低い者が、ニートザワールドの高レベルフィールドをうろついていた場合、通報される仕組みになっていると聞いたことがある。彼女が言うには、『これだけの施設を運営させるには莫大な資金が必要となる。そのカラクリを調べ上げ、世間に公表する義務がニートモにはある』と言っていた」
何だか随分とややこしい話になってきた。
「で、でも僕のレベルは……まだ『1』だよ。アカバネと共に行動するのはまだまだだね」
「パーティーメンバーは?」
「僕とホビットだけ」
「よし、じゃあボクもパーティーに入れて。人数が多ければ多いほど強敵とも戦えるし、取得経験値にパーティーボーナスが付く」
「エッ! ドールも一緒にニートザワールドのフィールドで戦闘を行うの?」
「うん」
ここまでドールは一切笑わなかった。というより喜怒哀楽の全てが欠落していた。デブドラのせいでもあるんだろう、でも彼女の心の闇はそれだけでないように思えた。
「ちょっと待って」
僕は両手を前に押し出す。「ていうか、僕がニートピアを出て行くことが前提みたいになっているんだけど、ドールは僕に出て行って欲しいの?」
ドールは大きく首を振った。
「その逆だよ。本当はここにずっといて欲しい。ただ……」
「ただ?」
僕はドールの顔を覗き込んだ。
「現実世界で暮らせる自信があるのなら、そうした方が良いに決まっているから」
ドールは振り返り、マウスやアマゾネスを見た。みんな一生懸命に作業に従事している。
「ボクはね、体は女の子でありながら心は男の子なんだ」
「それって性同一性障害ってこと」
彼女は頷きながら、「今では多少認知されているかもしれないけれど、世間の目はやっぱり厳しい。ボクが引きこもるのにそう時間は掛からなかった。ここを出て行って、普段通りの生活ができるかと問われれば、ボクの答えはいつもノーだ。でも、キミのように社交性があって行動力のある人間なら、外の世界でも十分やっていけるだろ? だから応援したいと思っている」
「ニートザワールドのレベルを上げれば、ここを脱出できる可能性がある?」
「正直何とも言えない。あとはアカバネがどこまでニートピアの情報を握っているかによる。一度接触を試みた方がいいかも」
「それには及ばないよ。一応面識はあるんだ」
僕は得意げな表情で鼻の下を人差し指で擦った。
「なら話が早い。早速、今日の午後からでもレベル上げをしようか?」
その提案に異論は無かった。僕は改めて、彼女と握手を交わした。
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