第29話 ニート、憔悴する

 僕は夢の中で、通っていた学校を想い出していた。


 微笑みかけてくる美少女のクラスメイト、試験前にノートを貸し借りする間柄、たわいもない談笑。全てが懐かしい。いや、そんな思い出なんてない。全て僕の妄想なんだけど。そして教科書を机の中から取り出そうとしたとき、なにやら黒いモコモコしたものが出てきた。それを目の前で広げて見ると、淫靡いんびの代名詞、女性物の黒パンスト。それを見た美少女のクラスメイトが悲鳴を上げる……。


************************************


「おい、おい!」

 僕はうっすらと目を開けると、そこにはホビットが立っていた。


「大丈夫かクロパン。ここ最近、ろくにメシも食っていないだろ? せめて夕食くらいはしっかり摂らないと」


 日もとっぷりと落ちたある日、僕は食堂でうつ伏せになって寝ていたようだ。


 毎日少ない睡眠をっているせいか、食事中もうたた寝をする日が続いていた。そして、食事以外はほとんど部屋で引きこもるようになっていたんだ。


「デブドラの腹芸が、お前を相当苦しめているんだな?」


「ああ」

 僕は頷いた。


「部屋を変えられてしまったことは申し訳ない」

 ホビットが頭を下げてきた。


「ホビットが悪いわけじゃないよ」


「しかし妙だな」

 ホビットは首を傾げた。「腹の皮がよじれるほどまでに面白い芸であったとしても、いずれ飽きが来るというものだが」


「そこがデブドラ……という男の恐ろしさなんだろ?」

 僕はお茶の入ったコップを片手にしながら、うつらうつらと船を漕いでしまう。


「やはり奇妙だ。何か催眠術のようなものを掛けられているとか、心当たりはないのか?」

 ホビットの問い掛けに俺は目を右上にスイッと動かした。


「心当たりなんてのは……無いな。いや、待てよ。そう言えば、最後に腹芸を見せられたとき、僕は四人に囲まれてヤツらの贅肉を無理やり拝まされていたが、あのときは前ほど笑い転げなかったんだ。なぜかは分からない。恐らく腹芸の直前に体を揺さぶられていたから、その衝撃で意識が朦朧としていただけかもしれないけど」


 僕は目をつむり、あの時の場面を回想していた。


 フラッシュバックでヤツの腹がタプンタプンと揺れる。贅肉と贅肉の間に何かが潜んでいる気がした。しかし、それが何かであるかは分からない。


「まあ、ここは景気づけに二人で乾杯だ。何が飲みたい? 買ってきてやるよ。俺は勿論コーラだが」


「ホビットって相変わらずコーラが好きだよね?」


「ああ、赤い物を見ただけでそれがコーラに見えてしまう。こういうのをパブロフの犬っていうのか、それともサブリミナルっていうのか? それくらい愛飲しているな」


「ホビット……今、なんつった?」


「あ?」


「今、何て言ったよ?」


「何て……クロパンの景気づけのために乾杯しよかと……」


「そこじゃない、最後に言った言葉だ」


「パブロフの犬かサブリミナル効果の影響でコーラ好きに……」


「それだ!」

 そう言うが早いか僕は立ち上がると食堂を後にした。向かう先は僕の自室だ。

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