第2章 ニートモ

第15話 ニートたちの健康診断

 朝から雨が降り続くこの日。定期的に行われる健康診断では軽い風邪だと診断された。先日のニートザワールドで雨に打たれたせいだろう。


 健康診断は僅かな時間で終了した。本館の二階部分に医務室がある。ここは二十四時間体制でニートモの体調管理を担っているそうだ。僕たちみたいなクズ人間のためにそこまでしてくれるなんて、ホントありがたいねえ。


「一応は、お客様から預かった大切なご子息ご令嬢ばかりだからな」

 左腕の袖を捲り、親指の腹で腕の関節部分を揉みながらホビットはベンチに座っていた。僕も採血が終わり、脱脂綿を当てている箇所を指で揉む。


「それにしても採血って言う割には、ごっそり血を抜かれたような気がするんだけど」


 僕の知っている採血は、せいぜい試験管のような物に注入するくらいの量しか採取しないはずだ。それがまるで献血のように採血バッグにと大量に血を抜かれたのだ。


「気のせいだろ」


 ホビットはそっけなく言った。そして当てていた脱脂綿を剥ぎ取ると、そのまま屑籠へと投棄した。


 僕も立ち上がった。すると血を抜かれたせいか、急に目の前が暗くなり頭がクラクラした。そして、しゃがみこむように再びベンチに座る。


「ちょっとここで座ってろ」


 ホビットはそう言うとどこかへと立ち去ってしまった。

 医務室前には行列が出来ていた。普段見かけない顔もそこには多数混ざっている。もっとも、ほとんどが自室に引きこもりがちな者ばかりだから、みんな青白い顔をしている。しかしその行列を見るとあることに気が付いた。ニートモは女子の割合が高いのだ。

 と、そこへホビットが戻って来た。紙コップにオレンジ色の液体が入っている。


「オレンジジュースだ。これでちょっとは栄養をつけろ」


 僕は礼を言うと、その紙コップを口につけた。芳醇な酸味が口腔内に広がる。


「で、お前は何を見てた? 女のケツか?」

 ホビットがニヤニヤする。


「いや、なんていうかその、女子の比率が多いなって思って」


「ああ」


 何かを思い出したかのような声をホビットは上げた。


「学校でのイジメとかは女子の方が陰湿ってことなんだろうよ」


 ホビットも医務室前の行列を見た。


「それに若年無業者、つまりニートってのは日本の若者の実に一割がそうだって話だ。つまりここに入所している人間はほんのごく一部であり、全く自宅から出ないヤツに比べたら、ココの連中はそれほど深刻な引きこもり体質では無いってことだろうな」


 ホビットは何でもよく知っていた。実年齢は訊いたことがないが、博識だというイメージは持っていた。


 彼曰く、「自宅では毎日本ばかり読んでいた。そもそも何かを成し遂げようと思ったら、この体じゃ何をやっても限界があるが頭脳にはそれが無い。鍛えるならココだよ」

 といつだったか、自分の頭を指さして饒舌に語ったことがあった。



 それからしばらくして気分が落ち着いた僕らは食堂へと降りて行った。


「ここに来て五日目、ちょっと痩せたか?」

 僕はホビットの質問に、ジャージを捲って自分の腹を摘まんでみた。確かに言われてみればそんな気もする。


「三食はきっちり与えられているが、それ以外の間食ができない。いや、実際は施設内には売店が存在するが、そこで物を買うには施設内通貨ニータが必要になるしな」


「それを稼ぐために、ニートザワールドが存在してるんだろ?」


 僕は昼食を眺めた。焼き魚一匹に一汁一菜、そして玄米。確かに健康的には申し分ない食事だが、やはりどこか物足りない感じがしていた。


 入所した頃は毎日が緊張と不安の連続で食事の量や質などに、気を配っている余裕は無かったさ。しかし冷静に考えてみればここの食事量は、育ち盛りの人間には少し物足りない。その上、味が異様に薄く、逆に汁物は鉛を食しているような感じであった。


「だから、ニータを稼ぐ必要がある。つまりは労働だ」


 ホビットの言いたいことが理解できた。つまりニートピアでは労働意欲をニートモ

に湧かせようとしているのだ。


「ただ、ニートザワールドはある意味お遊戯的な部分が否めないため、どれだけモンスターを倒しても得られるニータは少ない。だから、施設内での奉仕活動を行う」


「奉仕活動……?」


「そうだ」ホビットは僕の目を見て頷いた。「あとで、施設内の掲示板に張り出されている求人案内を見てみろ。そこに自分のやりたい、というかやってもいいなという奉仕活動があれば、それに従事するのもニータを得る方法だ。ま、根が引きこもり体質だから、どれだけ募集しても人が中々集まらないのが現状らしいが」


 僕たちの親が施設に支払っている月々の金額では、ここを運営していくのは難しいのだろうか。

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