第14話 謎の美少女ニート アカバネ

「なかなかの迷コンビだな」

 ホビットが笑った。


「だね」


 僕も一緒になってほほ笑んだ。そしてネズミの映像が視界からかき消されたとき、アーム端末に『経験値4』『20ニータ』『ネズミの皮』と表示される。これだけを先ほどの戦闘で取得したということだ。


「しかし、お前の残りの体力ではこの先戦闘を続けるのは無理だな」


「どうやって体力の回復を?」


「おそらく薬品か魔法か宿屋でひと晩寝るかを選択すれば回復するんだろう。残念ながら俺は回復魔法なんて持ち合わせていないし、アイテムもネズミの皮を除けばゼロだ。一度町に帰るしかないな」


 僕はホビットの意見に賛成した。


「ま、こうやって引きこもりたちを部屋の外に出そうとする施設側の努力も分かったわけだ。今日はこれくらいにして、また明日以降どうするか対策を練ろう」


「ええっ?」


 僕は難色を示した。「まだ午前中だよ。これからもっと面白くなってくるっていうのに」


「上を見ろ」


 ホビットは空をつんつんと指で示した。「雨が降りそうだ」

 ホビットがそう言った時、僕の顔に雫がピトリと一粒、二粒と落ちてきた。


「チッ、今日はもう無理か」


 そう言うと僕たちは踵を返して、町へと戻ろうとした。

 ホビットが言っていたように、何かの障害物や遮蔽物を介してモンスターが現れる仕組みなら、逆にそれらの造形物を回避していけば安全に戻れるわけだ。僕たちは少し遠回りだけれど、それらを迂回しながら、町へと戻ろうとした。


 そこへ雨が突然激しく降って来た。


 雨雲が発達してきているのは承知していたが、これほど早く降って来るとは思っていなかったのだ。


「マズイ、町まで走るぞ」


 ホビットが頭を両手で覆いながら、走り出す。僕も堪らずその後に続く。だが、ここで戦闘のBGMが鳴りだす。モンスターが出現したのだ。


 本来は美麗な映像で映し出されるモンスターが、この時に限って映像が乱れてい

る。なにやら芋虫のような姿をしているが、雨の影響のせいか、どうにも視認しづらい映像を投影している。不具合はそれだけでは無かった。


 町の近くに出現するモンスターはそれほど強くはないはずである。しかし、この芋虫は桁外れの攻撃力を有していた。


 最初の一撃でホビットの体力値が全て奪われてしまった。

 ピーという、臨終を迎えた時に心電計が鳴るような音をアーム端末が発すると、ホビットの行動不能が伝えられた。


「クソッ!」


 キャラクターの死亡は、それまで獲得した本日分の経験値は全てロストしてしまう。痛恨の極みだよ。


 僕はダガーを抜いて身構える。しかし、残りの体力値が『5』しかない上に、芋虫は防御力もありそうだ。


「クロパン、何をしてる! 早く逃げろ。まとも戦って勝てる相手じゃねえ。せっかく稼いだ経験値がパーになるぞ!」


 僕は頷いた。町の中まではモンスターは追いかけて来ない。

 僕はホビットを置き去りにして一目散に逃げた。経験値を4しか取得していないとは言え、敗北を喫するのは冒険者としては嫌だ。それに町の中まではもう少しなんだ。


 芋虫は映像を乱れさせながら、僕を追ってきていた。毒液を吐いたり、糸を吐き出したりしているようだけど、なんとかそれらには触れずに済んだ。しかし着用しているウェアラブルジャケットが雨に濡れた為か、ダメージを受けていないのに先ほどからピリッとしていた。


「チクショー、欠陥品じゃねえか!」


 普段から外を出歩くようなことをしていないため、体力的にはきつかった。そして、息を荒げると、僕はその場でへたり込んだ。


「もう駄目だ」


 そう泣き言を呟いた時だった。


 僕の前に誰かが背を向けて立つのが見えた。


「鎌?」


 それは死神が持つような巨大な鎌であった。


 それを一振りすると、芋虫が横へとスパッと切断されてしまう。モンスターが霧消したのを確認すると、鎌を持った人が僕の方へと向き直った。


「雨の日は戦闘を控えなさいと、ギルドで教わらなかったの?」


 女だった。眼尻にホクロが有る、長い銀髪をした女子のニートモ。黒い武者鎧のような甲冑を身に纏い、自分の背丈ほどもある両手持ち用の大鎌を手にしている。


「す、すいません」


 切れ長の目に威風堂々とした姿に僕は思わず見とれてしまう。——美少女だ。胸の膨らみを含めて肌の露出も多い蠱惑的な衣装が僕を魅了する。


「雨がプロジェクターの投影を妨げるから、モンスターの設定に誤差が生じる。それがさっき、キミが苦戦した理由よ。それにウェアラブルジャケットも誤作動するしね」


 銀髪から滴る雨水を拭いもせずそう告げると、女は両手鎌を背中に背負い町とは反対の方角であるフィールドへと消えてしまった。


 ホビットが僕に走り寄って来る。


「おい大丈夫か?」


 僕は立ち上がり、駆け寄って来たホビットを見下ろす。「ああ。何か助けてもらったみたい。それにしてもさっきの彼女は誰なんだろ? とても可愛かったな」


 僕はホビットに訊いた。


「ああ、アイツの名前は【アカバネ】。グロイカ寮の生徒にしてニートザワールドの高レベルプレイヤーだ」


 僕は雨に濡れていることをすっかりと忘れて、先ほどの彼女のことを思い返していた。

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