第89話 ファーストインプレッション

 暗闇の中から光るふたつの蒼い光点が、陽炎のように揺らめいていた。かと思うと、残影を左右に散らして閃光に変わる。この動き——直感的にバスターだと思った。


 暗がりの備品室から飛び出してきた者は、ゴミ箱を蹴とばすかのようにトンコと会長を足で軽くあしらった。ふたりは真逆の方向に吹き飛ばされ壁に激突し、頭を垂れたまま意識を失ってしまう。


 俺はかろうじて机に掴まりながら立ち上がり、不審な侵入者を見た。


 眼球を青くさせ、髪は長く、巨乳で、昆虫のような脚の眼鏡フレームを掛けた、口臭が臭いバスターが立っていた。


「片岡……かよ? どうしてここに? むねりんを病院内へ誘拐したあと、行方を晦ましていたはずじゃなかったのか?」


 片岡は何も喋らず、ドライアイスが気化したような臭い吐息を吐いた。こりゃあもう毒ガスだぜ。


「それに島へ渡るには……フェリーに乗らなければならないのに、どうやってここまで来たんだよ?」


 俺の質問には答えず、ゆっくりと俺のところに近づいて来た。


 俺は片岡を睨みつけながら少しずつ後ずさりをしていく。少しでも目線を離したらヤツが飛び掛かってくる気がしたんだ。威嚇している限りは安全だと、根拠もない自信だけが、かろうじて俺の命を保証している。


 俺は目尻にオリーブオイル入りの水鉄砲の存在を捉えていた。机に置きっぱなしにしていた愛用の得物さえ手にすれば、この緊迫した状況を打開できる。そう考えていたんだ。だがヤツも全く同じことを考えていたとはな。水鉄砲を凶器だとヤツは察知していた。


 高校に進学してから片岡に出会った。学園内に存在しなかった部活動を立ち上げるため、同日同時刻に職員室を訪れたのが運命の出会いだった。全く面識もなかったのに、縁ていうのはホント不思議だよな。


 ファーストインプレッションは最悪だった。

「もしよろしかったら食べませんか?」


 と差し出されたハッピーターンから、あの甘じょっぱいパウダーが全て取り除かれていたんだからな。それも包み紙から取り出した現物はなんだか臭う。トンコが言っていた「変態」という言葉がピッタリだ。


 そんな悪戯を繰り返されながらもアイツとカガク部を設立し、毎日膝を突き合わせていたのも、化学に対する情熱に感化されたからだ。


「少子高齢化はいずれ迫りくる厄災。私の化学でねじ伏せます」

 そう断言したアイツはもういない。そう思うと俺はなんだか泣きたくなったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る