第88話 ビアンカ・フローラ論争

 俺はどうすればいいのだ?


 まさかこんなところで究極の選択を迫られることになるとは思いもよらなかった。


 俺はトンコのことを前々から可愛いとは思っていた。その想いは幼なじみと恋人の微妙な距離の狭間で揺れ動く、ありきたりな主人公の心情では無い。元々、自己満足の研究に没頭する環境というスポンジ生地さえあれば、その上に乗っかる物が苺でも栗でもチョコでも何でも良かった。そのひとつの選択肢の中にトンコが入っていたのは事実だ。


 いや、正直に言おう。居心地の良い関係が壊れるのが嫌で、コイツの気持ちに気が付かぬふりをしていただけかもしれない。そして俺もトンコが好きだという感情があったのに、素直になれない自分がいたのだ。


(——俺もトンコが好きだ)


 それを世界の危機に瀕した際に思い知らされるのは、何とも皮肉な話だよな。

 御陵会長はそう言った意味では高嶺の花過ぎて選択肢にも入らなかった。しかしながら貧乳であることを隠すばかりか、パットでそれを嵩増ししていたとは何とも滑稽で不憫な話だ。それを少しも恥とせず、すがすがしいくらいの潔さで全てを認めたのもポイントが高い。そんな人間臭さを持つ世間知らずなお嬢様に、俺は魅かれたのかもしれない。


 何より美人で才女、本人も認めるくらい脚の細さも俺の理想通りだ。そして御陵グループの御令嬢。彼女と結婚すればその後の人生は間違いなく安泰だ。


(あれ、待てよ……これって)

 俺は目玉を右上に動かした。


 俺は大のテレビゲーム好きだ。特に好んだのはじっくりと腰を据えてできるロールプレイングゲーム。剣と魔法の世界で勇者が魔王を倒すゲームだ。


 その中に語り継がれた伝説のゲームがあった。ゲームの中盤、主人公が結婚するイベントがあり、花嫁を択一で選ぶ場面があった。


「ま、ま、まさか?」俺はびっしょりと汗を掻いた。


(この俺にリアルビアンカ・フローラ論争が巻き起こるとは)


(注)ビアンカ・フローラ論争とは?


 某有名RPGの五作目内にて発生する強制イベント。主人公は伝説の武具を手に入れるため試練をクリアし、尚且つ花嫁を選択することを迫られる。その候補の中に、長らく旅の苦楽を共にした幼馴染と、伝説の武具を所有する富豪の娘のふたりが存在する。

 ざっくり説明すると右記のような状況が今まさに起きているのである。

「ど、どっちを選べばいいんだ?」

 ここで俺はふたりのステータスを比べてみた。


 トンコ(須藤豊子)

 ・ショートカットが似合う可愛い女の子

 ・たゆんたゆんのGカップ巨乳

 ・実家は生そうめんの料理屋

 ・性格は優しい

 ・スポーツ万能だが下半身は太い

 ・付き合った時の特典はおっぱいを俺の好き放題にさせてくれる

 ・料理屋の娘だけあって実は手料理が上手


 会長(御陵菜衣美)

 ・学園一の美女で才女

 ・AAカップのド貧乳

 ・実家は御陵グループで大金持ち

 ・性格はツンデレ

 ・武闘家で筋肉質

 ・付き合った時の特典は黒パンストを履いてカポエイラすりすりをしてくれる

 ・エッチすることで世界救済が果たせる


「ユージン、オイラを選ぶよね? 世界が滅んでもオイラたちはいつも一緒だよ」


「山科、ふたりで恒久の愛を誓おうぞ」


 目を瞑るとふたりの顔が交互に頭の中をよぎった。そして刮目する。

 トンコと会長、ふたりが目を閉じて俺の方に顔を近づけてきた。このうちのひとりを選び、俺は抱きしめてキスをしなくてはならない。


 トンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長かトンコか会長か。


 どちらなのか?


「俺には選べねえええええええええ!」


 俺が天に向かって咆哮した時だった。

 部室は研究室と備品室が一枚の扉を隔てて繋がっている。その境目を仕切るドアが、突然音を立てて崩れた。

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