序 ドーン・オブ・ザ・バスト

【御陵菜衣美(みささぎないみ)】 学園生徒会長 の回想

第3話 奇妙な立札が立ててあってな

※ この章より話し手及び視点が「御陵菜衣美みささぎないみ」に変わります。


山科やましな……おい山科……貴公、大丈夫か? 目を覚ますのだ山科。随分とうなされていたようだが、嫌な夢でも見ていたのか?」

 

 そうか、それなら良かった。確かに貴公の言う通り、まさにこの瞬間が悪夢であったな。これが夢であればどんなに良いか、道中何度もそう願った。だが、現実から目を背けていては何事も進展はせぬ。 

 

 今は一刻も早く学園に戻り、貴公が言う治療薬の開発を行わなくてはな。

 

 本土から島へと向かうこの小型フェリーには、わしを含め四人の人間が乗船している。わしと貴公、そして貴公の幼馴染の須藤すとうそれに現代文教師の西野にしのだ。港に着くまではまだ時間がある。だから少し話をしようではないか。


 今回の事件が一体どのように発生し、いかにして国内中に伝播したのか? 謎は深まるばかりだが、先だっての貴公の話しぶりではどうやら事の真相を知っているようだな。


 やむにやまれぬ事情で一緒に旅をしているような間柄ではあるが、元は同じ島に住む同窓生。心にやましき秘め事を抱えているのであれば、この際に洗いざらい全てを話してもらいたい。


 今となってはすでに手遅れなのかもしれないが、女のわしでも貴公の役に立てるやもしれぬ。貴公も科学者の端くれであり、名誉ある本校の生徒を名乗るのであれば、この世の厄災を全て受け止めるほどの覚悟を示すべきであろう。

 

 では本題に入ろうか。今回の件から遡ること一〇日ほど前。些細だがとても奇妙な事件が学園内で起きた。貴公も知っておろう。下品な悪戯と下卑た立札の件だ。

 わしの曽祖父にして学園創設者である御陵みささぎ氏の胸像に、桃色のブラジャーを装着させるという悪質な事件が発生したときのことだ。


 学園における実権掌握の背景から鑑みてもそれは、江戸時代に権威の権化でもあった日光東照宮の陽明門に、小便を引っかけるに等しい行為だ。恐れ知らずにも程がある阿呆の仕業だが、仕掛けられた悪戯はそれだけでは無い。


 胸像の脇に、特定の女性を揶揄するような立札が、傲然と掲げられていたのだ。


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『巨乳にあらずんば人にあらず』


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 登校してきた学園生たちが騒ぎ立て、何事かと駆け付けた生徒会役員たちによって、この立札とブラジャーはすぐさま撤去された。

 早朝だったこともあり、生徒たちの口々に広まることもなく、そのまま忘れ去られるかに思えた。——が、蛮行と呼ぶに十分に足る悪戯はこれだけでは済まなかったのだ。


 貴公も知っておろう。

 金色に輝く夕暮れが差し迫る放課後、胸像の脇にまたもや性懲りも無く、おぞましい立札が掲げられたことを。


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 此頃このごろ校内ニハヤル物

 幼乳 無乳 にせ

 貧乳 微乳 そら乳 

 梅干 俎板まないた 洗濯板

 絶壁 紛物まがいもの

 ペチャパイ つるペタ 歌劇団男役

 本人ハ肩凝リ無縁ノちっぱい人

 パット入リタルAAカップ


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 これには生徒会長を一年生から務め、学園長の実子であるこの御陵菜衣美みささぎないみも怒髪冠を衝くかの如く激怒したぞ。


「女性の尊厳を著しく傷つける、極めて野蛮な事件である! この立札を掲げた者を必ず捕らえ、市中引き廻しの上フェミニストたちの前に放り出し、SNS炎上の刑に処すのだ!」


 生徒会役員から一報を受け、抜き取ってきた立札を見た時、わしの眼が黒いうちにかの忌々しき下手人を見つけ、厳罰を受けさせることを心に誓った。


(この下衆で野蛮で品性の欠片も無い立札は一体何者の仕業だ?)


 国内でも有数の気高く、強く、美しいこの学園にとって似つかわしく無い立札。学園を地の底に貶める戦慄の出来事に、わしは怒りで打ち震えた。あまりの衝撃に握っていたモンブラン製の万年筆をへし折ってしまったくらいなのだ。

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