第4話 男は女の胸の大きさをどう思っているのだ?

 優雅に紅茶を飲みながら、島に射し込んでくる夕日を眺めることが日課のわしにとって、これほど胸をえぐられる事件はない。


「胸をえぐられる……胸をえぐられる……なんと汚らわしい文言——」


 手にしていたティーカップをソーサーごと床に落とし、胃の中のムカつきを全て吐き出すように嘔吐してしまったことをここに告白しよう。


「大丈夫でございますか!」


 取り巻きの生徒会役員たちがわしの元に駆け寄ってくる。


 生徒会役員とは全て男性であり、わしに永遠の忠誠を誓う真のジェントルメンだ。そのジェントルメンも、肚の中では何を考えているのかは分からぬ。


 人間とはひと皮剥けば、知性を持たぬ獣のよう。本能のままに生き、欲望の赴くままに行動する彼らとて、信を置ける者などほんの一握りなのだ。そのことを承知した上で、イエスマンだけを集めることを「良し」としないわしは、体勢を整えるとふと彼らに問うてみたのだ。


「ところで諸公、あの立札を本心ではどう思っておる?」


 女性視点からすれば、あの立札は憤懣やるかた無いもの。胸の膨らみの大小を嗤う者は、頭髪に悩みを持つ禿頭の者を嗤うに等しい行為だと、なぜ気づかぬのだ。


 そんな性根の腐った者などわしの側近……学園を律する峻厳な存在、生徒会役員たる資格など無い。


 バロック様式の調度品が並ぶ厳かな生徒会室。上座の壁には額縁に入れられた学園創設者の白黒写真と、『恥を知れ』という校訓が並ぶように掲げられている。


 互いの顔を見合わせながら、誰も意見を述べようとはしない。——怖いのだ。自身の意見が少数マイノリティーかもしれないという可能性に。


「貴公らの忌憚の無い意見を聞かせよと言うておるのだ」


 窓ガラスに映る自身の顔を見ながら彼らの返答をじっと待つ。


 馬の尾のように束ねた黒髪が夕焼けからの光源を受け、わしの髪を赤く染め上げる。唇もまたルビーのように赤く発色し、瞳の中のダイヤモンドが一層輝きを増す刻限。  


 両親から戴いたこの身体のパーツ全てに何の不満もない。わしにとって足りないものなど無いのだ——ただ一カ所を除いては。


「恐れながら」


 ひとりの役員が口を開く。「言いえて妙。正論かと思われます」


 グサッ!


「ミロのヴィーナス像もあの膨らみがあるゆえ、高い芸術評価を得られたのではないでしょうか?」


 グサッ!


「だいたい世の男性は顔よりも、胸の大きさで女性の価値を推し量っている節もありますから、あながち間違ってはいないかと」


 グサッ!


「胸の大きさと成婚率は比例するというデータもあるとか無いとか」


 グサッ!


「大は小を兼ねるとも言いますしね」


 グサッ!


「あの落書は胸の小さい女性を揶揄したものであると考えられますが、それをコンプレックスに思っているのであれば、努力して大きくすればいいのでは?」


 グサッグサッ!


「同じ顔と性格だったとして胸の小さい女性と大きい女性、どちらを選ぶと言ったら

やっぱ後者だよなあ。お前どう思う?」


 ガヤガヤガヤガヤ……。


 グサグサグサグサグサグサッ!


 彼らの口から次々と発せられた無慈悲な言の葉が、鋭い刃となってわしの胸に刺さり続けた。


 わしは貧血を起こしたかのようによろめき、そのまま床に伏してしまう。

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