絆創膏だけでは治らない


どんなに傷ついても朝は来てまた同じ日が繰り返される。

「おはよう。今日はお弁当親子丼だよ。」昨日は断られて寝れなかった私は朝寝坊してしまい、何品もお弁当のおかずを作る余裕がなかった。

「おはよう。やった!丼ものっていいよね。」ゆうは背伸びをしながらトイレに向かう。何も変わらない朝はとてもよく晴れていて今日も暑さは増しそうだったが、私にとっては大雨の気持であった。

「今日は美容院に行くんだっけ?どれぐらい切るの?」トイレから戻り朝ごはんを食べるためにソファに腰を降ろす。「毛先をそろえて量を減らしてもらうぐらいかな。」ゆうは長い髪が好きで、出会ったときショートだった私に髪を伸ばしてみてほしいと言われて以来、肩にあたるか当たらないかの長さをキープしていた。「もう少し伸ばしたらいいのに。」目線を合わすことなく朝ごはんを食べながら話しかけているのかいないのかわからないがきっと話しかけているのだろう。

「そうだね。私はショートが好きだからこの長さは鬱陶しくて好きじゃないな。」親の母、私にとっておばあちゃんが髪を伸ばすことを嫌い幼少期からゆうに出会うまで首が隠れるほどの長さにしたことがなかった。それでも私は気に入っていたので特に伸ばしたいと思ったことはなかったが、人生一度ぐらい伸ばしてみてもいいかなと思い1年ほど伸ばしていた。

「俺はやっぱり長い方が好き!」






            ー私だって細マッチョの方が好きー




ゆうを送り出してからいつもの家事をこなし美容院に行くまで昔からの趣味だった小説を読むことにした。私は一気に読みたい派なので途中で話しかけられたり中断させられたりするのをひどく嫌った。なので同棲するようになってあまり時間を割いて小説を読むことはなくなった。

『タイマーを付けて読めるとこまで読もう』一気に読みたかったが用事を忘れるのが怖かったのでタイマーを設定して小説を読み始めた。



              ーピピピピっピピピピっー



タイマーが鳴り時計を確認すると予約時間まであと30分に迫っていた。

『さて、メイクして行くか。』

美容院までは自転車で10分だ。私はもともとそこまでメイクをしないので、日焼け止めと眉毛を軽く書きリップを塗って玄関に向かった。

『今日も暑いな。こういう暑い時期はショートが楽だった。』

伸ばして思ったのはメンテナンスが大変だということだ。まずドライヤーがめんどくさいしほっておくとぼわっと広がる。おしゃれは好きだが髪を括って自分でするっていうのはしてこなかったのでいざしようと思うと時間がかかり結局しても1つ結びかハーフアップのみだった。

「いらっしゃいませー。少々お待ちください。」ドアを開けると外の暑さとはうらはらに涼しく少し肌寒いほどだった。案内されるまで腰を降ろし店内を見まわした。引っ越してきて初めての美容院。遠くにはいけないので安くて近くて雰囲気のいい場所をネットで探して予約した。

「お待たせしました。こちらへどうぞ。」案内されるとケープを巻かれまたお待ちくださいと言われた。差し出された雑誌に手を伸ばし気になるページをめくる。

「お待たせしてすいません。本日担当させていただきます中原です。今日はカットのみですよね。どうされますか?」担当してくれる人は男性で30代前半というとこだろうか。ちょっとイケオジのような雰囲気だった。

「毛先をそろえて量を減らして全体的にこの形でメンテしてほしいんですけど。」雑誌をもったまま鏡の中の担当の人に要望を出す。

「了解です。長さは2センチぐらい切ってもいいかな。」毛先を確認して、傷んでる範囲を切りたいのか毛束を私に向けてこれぐらいと見せてきた。

「はい、大丈夫ですお願いします。」





         ー山口の担当の人以外に切ってもらうの初めてー




切ってもらっている間話しかけられていたが、人見知りな私は相槌するのが精一杯だった。「これで終わり。どうかな?まだここがとか気になる場所とかある?」切り終わった後鏡を出してきて確認を促してきた。

「大丈夫です。ありがとうございます。」30分ほどで終わり帰路についた。帰宅したのは15時だったのでまだゆうが帰ってくるまでには時間があった。

『たまには掃除を細かくして綺麗にするか』いつも掃除機をざっとかけたりするだけで終わる掃除だったが、今日は水回りを主に掃除をすることにした。

ふと鏡を見て自分がうつり昨日のことを思い出した。

『ゆうのために伸ばしてる髪の毛で、童顔な顔が少し大人に見えるから服装も少し考えたりして、努力してるつもりだけどまだタイプの女に近づいてないのかな』

洗面所を磨きながら自分が至らないから断られてしまうのかと落ち込んでいた。付き合っていたころは会えば必ずしていたし、私が女の子週間(生理中)でもゆうのためにご奉仕していた。なのでまさか同棲をして4ヶ月。一度もないなんて理解ができなかったのだ。





           ー鋭利な刃物で傷をつけられた気持ちー



昨日の落ち込みがあってか自分の性欲はしぼみ、したいと思う気持ちはなくなっていたのだが、誘う労力と勇気を考えたらもう自分から誘うことはしないだろう。

そしてまたよからぬことを考えるきっかけにもなってしまった。

『ゆうはもしかして外で発散してるとか?夜中に起きてる感じはないし、AVを見てる感じもしない。男性は抜かないと痛くなるってすみれが言ってたから・・・・』

そんなことを考えながら洗面所、お風呂場、トイレを掃除していき時間は18時前になっていた。

『やば!ゆうが帰ってきちゃう。夕飯作らなければ。』一旦ネガティブ思考を停止して家事の仕事に戻ることにした。冷蔵庫を確認し、本日の夕飯のメニューを考える。『親子丼はお昼にお弁当にしちゃったから、豚?いや、鶏ももがあるから唐揚げかな。野菜はチョレギでいっか。』

急いで夕飯の準備をして30分経った頃、階段を上がる音がした。

「ただいまー。おっ!イイ匂い。夕飯なに?」玄関からカバンを投げて靴を脱いで上がってきたゆうは手も洗わずに私の後ろに回った。

「カバンは投げない。あと手を洗ってきて。」昨日の傷もあり、心に貼った絆創膏も意味をなさずガーゼ部分は血だらけだったのでゆうの顔を見ることができなかった。

「もーなにイライラしてるん?疲れて帰ってきて家までピリピリしてると勘弁だわ。」文句を言いながら手を洗いに洗面所に向かった。






              ーまた疲れたって言ってるー




大きくため息をついて料理に戻りゆうがシャワーを浴びている間に夕飯の仕上げをしていった。あらかた夕飯の準備を終えた時ゆうがシャワーから上がってきた。

「ごはんできたよ。今日は唐揚げ。」先ほどの険悪な雰囲気も重なりさらに顔を合わせることができなかった。「おぉ。うまそう!お腹すいた。食べよ食べよ。」ゆうは全く気にしていないのか何事もなく夕飯を食べようとしていた。

「チョレギサラダもあるから先にサラダ食べたら?あと味噌汁もあるよ。」なんだか気にしている自分がばかみたいに思えた。

「うーん。うまっ。箸取ってー」人の話を聞いていないのか聞こえていないのか手で唐揚げを取ってつまみ食いをしていた。「自分で取りなよ。行儀が悪いし。」仕方がないので文句を言いながらも箸を取りに行った。その後もご飯をついだり、味噌汁をついだりしながらテーブルに並べていった。その間もゆうはごはんと唐揚げをほおばり私を待つことはしなかった。





            ーなんでこの人と一緒にいるんだろうー



嫌なことがあるとその後も続いてしまうのか、普段なら気にならない小さいことも気になってしまい、1つ1つが大事にされていない気がしてしまった。

すみれのとこはうまくいっているようで特に目立った愚痴はなかった。家事もしてくれるし夜の営みもある程度あるようだ。2人の趣味のゲームをして楽しく過ごし、本当に新婚みたいに過ごして幸せそうだった。

一方私は、自分の家事も嫌いなのにさらに他人であるゆうの家事まで課せられストレスとなり、自分の引き落としの生活費は自分で稼いでいるのに、大きな家賃部分を支払っているからなのか上からの発言が多いゆうに違和感を感じていた。

正社員で働いているほうが偉いのだと口では言わずともなんとなくの発言から伝わってくる。家事もほぼ任されていて、日々泥だらけの制服を当たり前のようにきれいになって戻ってくると思っているのか洗濯機の中にぐちゃぐちゃに放り込んでいる。しかし泥だらけなので一度手洗いをしてからある程度汚れを落とさないと洗濯機だけでは落ちない。

そういう小さいとこかもしれないが、少しは自分でできることはしてほしいことをしてくれない不満が私の心を支配して、さらには夜の営みもキスやハグもないので女としてではなく家政婦としているのではないかと錯覚するほどだ。







そしてまた、大学のころの甘いあの日に現実逃避をしてしまっていた。






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