戻らぬ気持ち


いつもの朝。この景色にも慣れてきた。私より遅く起きてきてトイレに向かい洗面所で身なりを整える。そして朝ごはんが当たり前に出てくると思っているのかソファに腰を下ろし携帯でゲームをする。

「おはよう。今日も暑いね。仕事が現場だから嫌になっちゃうよ。さやは店内だから涼しくていいね。」持ってこられた朝ごはんを目の前に朝から嫌味なのか単なる愚痴なのか言いながらウインナーをほおばっていた。

「おはよ。じゃあ汗だくになるからこまめに水分と塩分を補給しなきゃね。」今までならきっと怒っていただろうがもうこんなことにも慣れてきてしまうほど時間がたっていたのだ。



           ー同棲ってなにか失うものだっけー



「いってらっしゃい。」身支度を整え仕事にいくゆうを送り出し私は自分の仕事までの間に家事を片付けていく。

『さて、洗濯して食器を片付けて身支度を整えて・・・・。』仕事は11時からなのでそれまでにある程度片付けていくのが平日のルーティンになっている。仕事がなければもう少しゆっくりしているが仕事があると帰ってきたらすぐに夕飯の準備になるのでバタバタしてしまう。

同棲して4ヶ月。同棲するにあたり家事が得意ではない私はゆうに家政婦みたいになりたくないからという理由で同棲を断っていたが、一緒にいたいから自分も頑張るしやるという言葉を信じて同棲を始めた。しかし実際はほとんどの家事を私がしていてやってほしいとお願いするとゆうもするという形になってしまっている。

『あーあ。結局こうなるのはわかっていたのになんで同棲したのか。そんなに結婚したかったのかな』家事をこなしながら考えていたら自分のことがわからなくなってきた。

仕事の時間が近づいてきたので、相談しようと思っていたことをすみれにLINEをいれてから玄関をでた。




            ー今日は忙しいかなー



午前中の家事を一通り終えた後のほっとした一息をつくために来ているのか今日はママさんの集まりが多く店内はにぎわっていた。そのためこちらは一息つくことなくせわしなく仕事をこなしていく。

なんとか仕事を終え、夕飯の買い出しのことを考えながら携帯を見るとすみれからの返信が来ていた。

『また夜のことで悩んでるんだね。もうどうせ痛いんだし魅力がないということじゃなくてゆうくんも疲れてるとそういうことだから気にしないのが一番だと思うけどね。気になるなら一度話してみてもいいとは思うよ。』

確かに!と思いながら返信の文章を考えて自転車の方に向かった。

「お疲れさまでした!お先に失礼します。」店長に挨拶をして退勤した。

『そうだよね。どうせ確かに痛いからしないならいいと思うわwただ寂しいって言うのもあって。』夜の営みをしたいか?と問われえるとよくわからない。というのもすみれのいう通りゆうとしても気持ちよさがわからず痛いという気持ちだけがのこるからだ。ただ男性にとって生理的なことは魅力ある女性が目の前にいたらしたい!と思うのが普通なのでは?と考えていたのでなんとなくしないのは寂しさを覚えた。




           ー夕飯は生姜焼きでいいかなー



夕飯の買い出しを終え帰宅し行きつく間もなく洗濯物を取り込みに動く。

『夏場はよく乾くからありがたいな。さてと、これが終わったら夕飯の準備をしてゆうが帰ってくるのを待って。』これからやることを口に出して唱えながら家事をこなしていく。『あっ手を洗ってお風呂掃除もしなければ』仕事から帰宅してもこうして家に帰ればまたすることが立て込んでいるんだからこの「家事」という仕事にも給料が目に見えて発生してほしいものだ。

あらかたしなければならない家事をして次はキッチンにたつ。まな板は100均の薄いプラスチックのものなので心地よい「トントン」という音はしない。

『木のまな板で少しは料理のテンションを上げたら楽しくなるのかな。』

そんなことを考えながらどちらかというと好きではない料理をしていく。玉ねぎやキャベツをあらかた切った後にフライパンに油をしいて温めていく。私の生姜焼きの作り方は肉を漬け込んでから焼く方法だ。

「じゅーっ」玉ねぎを先に軽く焼く。『あっち!ちょっと油を入れすぎたかな。』私の母は料理が好きで手の込んだ料理をよく夕飯に出してくれた。教えてほしいといったこともあるが、見て味を覚えて自分で作りなさいと教えてはもらえなかった。





          ーもう少しきちんと見ておけばよかったー



大学のころ家を出たくて県内ではあるが家からは通えない範囲の大学を受験した。一人暮らしを開始して思ったことは母は偉大でどれだけ自分が甘えていたのかということだ。母は女たるもの家事はきちんとできなければならないという方針でよく娘たちに家事を手伝わせていたのだが面倒だったのでよくもめていた。しかしお陰である程度のことは一人暮らしでもできたしやらなきゃという気持ちになったので部屋が汚部屋になることはなかった。ただ料理だけは教えてくれなかったので家庭科で習った程度と母のを見て見よう見まねで作ってみたぐらいだった。1人分を作るのは思った以上に大変で、食材もよく腐らせていたし、レパートリーがなかったので簡単なものを作るのだが母の味にすることはできずあまり美味しいと思わなかったのであまり一人暮らしでも上達しなかった。

それが同棲後も変わることはなく、それでも一生懸命調べて作ったりもするがなかなか美味しいと思えるようなものはできなかった。ゆうは文句も言わず食べてくれるが、休みの日は外食や総菜を進めてくるのだからやはりあまり美味しいと思っていないのかもしれない。




          ーみんな料理ってどうやって覚えるの?ー




やっとできた生姜焼きをテーブルに並べてゆうの帰りを待つ。階段を昇る音がして鍵を回す音がした。

「ただいま。疲れたー」靴を脱ぎカバンを投げて部屋に入ってきた。「おかえり。ごはんできてるけどシャワーが先?」玄関に投げ入れられたカバンを持って私はリビングに置きにいった。「うん。シャワー浴びてくる。」ゆうはこちらに見向きもせずに洗面所に向かった。『カバンは投げずに一度リビングにおけばいいのに。しかも服をもっていかなかったからきっとパンツだけで出てくるよ。』私はため息をついてテレビを見にリビングに戻った。

「はーすっきりした!おなかすいたよ。」案の定パンツ一枚で出てきたゆうのお腹はでっぷりとした脂肪をのせてみすぼらしかった。

「ゆう。服をもっていって服をきちんと着て出てきてほしいって言ってるよね。見せれる体でもないんだから中年のおっさんみたいだよ」嫌味を加えて注意を促す。

「あーごめんわかってるよ。」いつもそうだ。わかってるといいながら何度も同じことをする。





         ー1個しか変わらない中年のおっさんー



今日も変わらぬ夜を迎えてそれぞれの時間を過ごし始めた。

「ゆう。明日は私仕事休みだから美容室でも行こうかと思ってるけどいいよね?」一応確認を取るのが決まりだ。「いいんじゃない?遅くなるとかじゃないんでしょ?俺多分残業なく帰ってくるよ。」夕飯を心配しているのか私の帰りを聞いてきた。「大丈夫だよ。昼に行って夕方には帰るから。」携帯で予約を確認しながら今回はカットのみなので遅くならない旨を伝える。「わかった。じゃあ俺は寝ようかな。今日も疲れたし。」帰ってきて仕事が疲れたと連呼して家ではダラダラしているのに疲れたアピールをしながら平日は家のことはほとんどしない。『私だって疲れてるんだど。』思ったことを胸にしまい自分も寝る準備を始めようと席をたった。

「今日は私もお店が忙しくて息つく間もなかったよ。お互い大変だね。」言いたいことは山ほどあったがこらえて少しでも伝わればと疲れたアピールをしてみる。「さやはクーラー効いてる部屋の中で動いてるからうらやましいよ。俺は暑い中今日は上からアリが落ちてきたんだよ。」やはり私のアピールは伝わることはなく逆に嫌味を言われてさらに大変だったアピールをされてしまった。

「じゃあ寝るねおやすみ。」自分の言いたいことを言ってあっちを向いて寝に入ろうとしていたゆうの背中を見て今日こそはしたいなと思った私は誘ってみようと試みた。





           ーごめん、疲れてるからまたねー




気づいたゆうは私の額に優しいキスをして断りまたあちら側を向いて寝に入った。











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