ずれた世界



私たちは新しい地でそれぞれの生活を始めていた。ゆうは鳥取の大学に通っていたが今回の住む地域は初めて。しかし、土地勘は多少なるともあるし、出身は島根県と隣の地なので頼れる家族もいる。

一方私は遠距離だった彼のもとへ行くのに鳥取に行ってはいたが、「米子」という地は初めてで、実家も山口県のため頼れる人もいない。



             ーもちろん友達もいないー




「おはよう。今日は卵焼き甘いのと出汁とどっちがいい?」私は起きてトイレに行こうとしているゆうを止めてお弁当に入れる卵焼きの味について質問をした。

「おはよう。うーん甘い味付けで。朝ごはんは??」寝ぼけながら頭を掻き質問をしながらトイレのほうに消えていった。

(頭搔きながら質問の答えを待たずしてトイレに行くなんて。しかもご飯の用意は当たり前にしてあるみたいな言いぐさ。)

やはりドラマのなかの同棲のような甘い夢物語みたいにはいかないというのがこのとき思い知った現実だ。

「今日はお昼前からバイトの面接に行って午後から役所で転居届だしてくるね。はい、お弁当と朝ごはん。今日は目玉焼きとウィンナーね。」戻ってきたゆうが席に着いたのを確認して朝ごはんを並べた。ゆうは朝はご飯派で朝からカレーでもいける人だ。一方私はパン派で食パンとカフェオレなど、そう大した準備はない。

「ありがとう。箸は?バイトの面接って昨日言ってたとこでしょ?受かるといいね。俺は今日研修があって特に残業はないと思うから18時には帰れると思うよ。」そうゆうは言うと箸を受け取り朝ごはんを食べ始めた。





        ー朝はご飯派?パン派?それとも食べない?ー





「成林さーん!受付2番までお越しください。」バイトの面接を終え自転車で役所へ向かい私は転居届を出して受理の手続きをして順番待ちをしていた。

「では、こちらで転居届を受理させていただきました。同居の方の委任状も確認させていただいたので受理させていただきます。本日住民票などの発行はよろしいでしょうか?」受付のお姉さんは淡々とカンペでもよんでいるのか。と思わせるほどの勢いで話してきた。

「いえ、発行は大丈夫です。ありがとうございます。」私は支払い後のレシートを財布にしまいながら答えた。

「ではこれで手続きは完了になります。駐車券はございますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」私は受付の方にそう告げて軽く会釈をし、その場を退散した。

(バイトの面接はとりあえず返答待ちで、転居届もこれで大丈夫っと。あとはスーパーの開拓をしなければ。)

自転車を漕ぎながら家の近くのスーパーの偵察に行かなければならないなと考えていた。



            ー小学生のころの私から見た母ー




私の母は専業主婦だ。

父は公務員で、残業はほぼなく土日休み。この時は姉妹3人父母、家族5人での生活は周りからしたら裕福に値するのだろうか。母はいつも家にいた。学校から帰るとキッチンに立つ母を横目に自分の部屋に駆け込んでいた。

「さやー帰ったんならただいまぐらい言いなさい!手を洗ったらおやつ食べて今日はそろばん教室でしょ。送っていけないから自分で間に合うようにいきなさいよ。」私の帰りに気づいた母はドアからひょこっと顔を出して声をかけてきた。

当時いじめを受けて友達のいなかった私は、心配した母が忙しくしていれば大丈夫と考えたのか、毎日何かしらの習い事をしていた。おかげで私はおやつを食べたら遊びに行くことなく自転車に乗って習い事へ行く。

この頃、毎日怒鳴りせかせかしている母が嫌でたまらなく『鍵っ子』の友達に憧れもしていた。家で仕事もせず家族のためだけに時間割き、父に金銭面で頼りっぱなしと思っていた私は将来絶対に自分で稼いで男に養ってもらうなんてしない!と小学生ながら思っていたのだ。






        ー母と同じような人生を歩むことになるとはー






今日はバイト初日。無事に面接にも受かり、とりあえず親の扶養内で働くことにしていた。

「お疲れ様です。今日から働くことになりました辻井です、よろしくお願いします。」テンプレートの挨拶を店長にしてバックヤードを見渡した。「はい、店長の田中です。今日からよろしくお願いします。とりあえずこれは制服で、これはマニュアルです。着替えたら今日はパソコンで映像を見て勉強になるから、後ろの更衣室で着替えてね。」店長さんは第一印象『優しい』だ。イケメンではないブスでもない人にたいてい使われる形容詞だが、本当に優しそうな方だ。

「わかりました。荷物はどこに置いたらいいですか?」「更衣室の中に棚があるのでそこに置いておいてください。貴重品は自己責任なのでできればお店には持ってこないようにしてくださいね。」店長はパソコン作業をしながら私のほうは見ずに返答した。「はい。」私は返事をしつつ更衣室に行って着替えを始めた。「お待たせしました。着替えはこれであってますか?」制服を眺めながら店長に聞いた。「はい、大丈夫です。靴のサイズはあってますか?」渡された靴を履いてみせた。「大丈夫です。」「よかったです。ではこれをお渡しするので書き込みながら研修をしてもらって、終わったら表で少し手順をして今日は終わりです。」店長は優しく微笑みながらテキストを手渡してきた。

それから私は一通りの研修を受け、従業員たちと挨拶をし、レジを少し教えてもらい初日の仕事は終わりを迎えた。






        ーこの仕事はそう長くは続かなったー






「ただいまー」と言ってもまだ誰も部屋にはいない。

「荷解きがまだできてないけど、どこから手を付けていけばよいのやら。」持っていたカバンを置きコートをしまいにクローゼットへと向かう。

私は昔から片付けが苦手だ。実家では自分の部屋?区間として与えてもらっていた場所には机と本棚があった。その間に布団を敷き、周りに必要なものを置いて過ごしていた。手の届く範囲に読む本が積み重ねられて、勉強も布団の中でしていた。筆立てや下敷きも床の上に置いていた。洗濯物も山にするのは大の得意だ。

あとは昔から独り言が多く誰に話しているの?と妹たちから変な目で見られることが多々あった。独り言というよりは自分的には今からしなければならないことや考えていることを口に出しているだけ。成長するにつれて頭の中だけで会話をしていたらおかしくなると思った私は口に出していれば大丈夫。と根拠のないことを実践し独り言となったのだ。

「えっと、夕飯はカレーだから17時には作り始めなきゃいけない。今は16時かー、洗面所の荷解きをしてたら夕飯の準備かな。」

私の悪い癖は、その場でやっていたはずの作業を中断して別の場所に行き、次はその場で気になったところをやり始めてしまうので、どこも片付いていないっていうことが多々ある。なので一か所にずっといて、うろうろしないということが大事になってくる。

洗面所に置かれた段ボールを開けて中身を確認していく。すでに開けてあった段ボールには洗剤やシャンプーなどが入っていてすでに使用するために出してあった。あとは掃除用具だけの段ボールと残りの段ボールは3つある。

「結構あるな。えっとこれはバスタオルとハンドタオル。これはゆうきの服類?なんでここに。これは洗剤の詰め替えとスキンケアと。。。。。」ぶつぶつ言いながらせっせと荷解きを進めていった。






          ー同棲序盤に大喧嘩を迎えることになるとはー






何日か過ぎたころ、それぞれの生活にもようやくルーティンらしきものができてきて落ち着いてきたのも束の間。

一緒に住むことによって生まれる価値観の『ずれ』がストレスとなって、新しい環境による疲労も重なり私はキツイ物言いが増えてきた。

「ねえ!!!!なんでここに靴下があるの?履いたやつ?きれいなやつ?」私はソファのそばに置いてあったゆうの靴下を指さしながら声を荒げた。「ん?あーそれ履いたやつだけどそんなに履いてないからまた履こうと思って置いといたやつ。」ゆうは玄関で靴の整理をしていた手を止めてだるそうに私の問いに答えた。「はあ。どうして履いたやつをここに置きっぱなしにできるの?洗濯しないにしても自分のクローゼットに置いとくかもう洗濯にまわすかしたら?」

ゆうとの生活はそれなりにうまくやっているほうなのだが、お互いの気になる部分とずぼらな部分が違うために、生まれるずれが私のストレスとなりねちねちと嫌味のように小言を言っていた。ちなみにゆうも片付けや掃除は苦手なほうだ。私は自分が片付けられないのを知っているからこそ出したものはしまうという風に気を付けている。ゆうはそれができないので出した調味料から脱いだ上着など靴下もそうだが出したら出しっぱなし、その辺に置きっぱなしなのだ。

「ゆうが出しっぱなし脱ぎっぱなしだからちっとも片付いた気がしないじゃん!せめて出したらもとの場所にもどしておかないと。」私の小言はゆうに届くことなく言葉は地面へと落下していく。「はーい。あとで靴下するから置いといて。」この『あとで』はしないことが多いので私はため息をつき自分がしていた作業に戻った。





         ーこの小さなずれが大きな喧嘩へと誘うー






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