ただの主婦だけど一生女

プリミエール

第1話 道のり




「あっぁん、んっ、はぁ」


ぼやっとした明かりの中、私たちは法を犯した。主人の顔は全く浮かんでいない。

いや、その頃はまだ主人ではないから法を犯していることにはならないのだろう。



       ーしかし、今は法を犯していることになるー


どうして私は愛されている幸せな環境で生活をしているのに、


今の今も

              「好き」


を探して自問しながら彼の撫でる手に神経を集中し、体温が上がるのを感じていた。





 「仰げば尊しわが師の恩~♪」


今日は大学の卒業式だ。

卒業後に就職はしない。卒業論文に時間を割きすぎた結果、就活に乗り遅れ気づいたら卒業するだけで精一杯になっていた。


「さやちゃーん」呼ばれた私は振り向き相手を確かめる。「すみれ、そんなに走ったらコケちゃうよ?」必死に袴を掴んで、なれない下駄でかたかたと走ってきた可愛い私の友達が寄ってきた。

「だってさやちゃん遅刻してきた挙句早く帰ろうとするから!」卒業式に遅刻したわけではないが、友達との待ち合わせに遅刻していた。

「ごめん。帰ろうとしたわけじゃなくて先生を探してて。」申し訳ないと思いつつまだきょろきょろを続けていた。

「先生ならゼミ室だよ。一緒にいこ。」すみれは私のゼミの仲間でちっちゃくて可愛い女の子。すみれも就職はせず大学時代に付き合っていた彼と同棲を始めるそうだ。



            ー私もその仲間ー



「すみれは彼と住む部屋決まった?」2人でゼミ室に向かいながら私はすみれの今後を聞いていた。「決まったよ!さやちゃんは?彼とちゃんと話し合い出来た?」


私は彼と一緒に住むにあたり自分のことはできる限り自分でする。


と約束を取り付けたかったのだが、なかなか思いが伝わらず部屋を決めるのも勝手にされるのでもめていたことをすみれに愚痴っていた。

「なんとか話し合えたけど納得はしてない。部屋も内見を来週して決めるよ。引っ越しも自分たちでするから時間が足りなさ過ぎてしんどい」私はうんざりした顔でまた愚痴っていた。

「あははっ相変わらず効率よくやれそうな顔なのにいつもギリギリで慌ててるよね。」かわいい顔をしていつもグサッとする一言を放ってくるちっちゃき悪魔は笑っていた。まあそんなとこが好きでよく遊んだ大学の友達なんだけど。

そんな愚痴をこぼしながら私たちはゼミ室に着いた。

「あら、辻井さんに沢田さん。卒業おめでとう!よく頑張りましたね。」私たちからするとおじいちゃんみたいな先生の優しい声でお祝いの言葉が述べられた。

「先生ありがとうございました。短い間でしたがお世話になりました。」すみれは先生に挨拶をして私のほうを向いていた。

「先生、卒論では大変ご迷惑をおかけしました。でもなんとか卒業できたのは先生のご協力あってです。ありがとうございました。」私も挨拶をすませた。

「いえいえ、辻井さんは編入で入ってきたのでなかなか卒論の準備もできなかった中あそこまで完成させたので自分の努力の賜物ですよ。すみれさんもよく調べて細かに研究されていてよかったですよ。2人ともお疲れさまでした。」先生は私たち2人に労いの言葉を述べて笑顔で送り出してくれた。

先生に軽い挨拶をした後、すみれともお別れをし私は帰路についた。




    ーここで私は「主婦」という直行電車に乗ることになったー



 新しい年度が始まろうとしていた3月の末、私は一大決心のもと父に結婚を考えている彼と同棲をするために鳥取に向かうということを伝えなければならない。

「パパ、ちょっと話があるんだけど。今いい?」緊張を隠し切れず裏返る声。珈琲を飲んで本を読んでいたパパはこちらを向いた。「なんだ?」

私はお茶を飲み一息ついて「大学の時に付き合って1年の彼と4月から結婚するまで同棲をしようと思って彼の就職先の鳥取に行こうと思ってる」自分なりに簡潔に考えた文章を父に伝えた。

父は微動だにすることなく「もう決めたことなのか?」と言った。「うん。一緒に住みたいって言われて、結婚も考えてるから一緒にいたいって言われて。そこまで考えているならついていこうと思って」父は珈琲を一口飲んで「どんなひとなんだ?」と私に問いかけてきた。

「普通の人だけどこんな私を好きだと言ってくれる優しい人だよ。」私は少し照れくさいなと思いながら答えた。「そうか、まあまた落ち着いたら挨拶にでも来なさい。さやが決めたことならそうしたらいい。」そして父は少し笑いながら「さやと結婚したいなんて物好きな男もいるものだな。それにもうさやが決めたことを止めるなんてできないから相談でもないな」

私は反対されても家を出ていく覚悟で伝えたので確かに父のいう通りだ。なにもかも見透かされたうえ失礼なことも言ってくるのでちょっと悔しかった。

「彼が就職先で落ち着いてからきちんと挨拶するって言ってたからその時に会ってね。まあそういうことだから」私は少し冷たく言い放って席を立ち部屋に戻った。昔から父には厳しくされてきたので気を遣う。母には事前に伝えていたのでこの場にはいなかった。





ー父に厳しくされたから、母に褒めてもらえなかったから一緒の空間にはいれないー








 ついに引っ越しをする日がきた。2個下の妹だけが大学が休みだからと手伝いをしてくれた。「ゆい、手伝ってくれてありがとうね。」ゆいは私とは違って几帳面な性格なので荷物を詰めたり車に乗せてもらっていた。「軽自動車でこの量の荷物を運ぼうなんて無謀なんじゃない!」少し不貞腐れ気味でゆいは文句を言ってきた。

「いやまあ業者に頼むほどでもないし乗ってるのは軽自動車だから仕方ないというかね。」言い訳のように弁明しながら荷物を渡していく。「いいけどさ、本当に行くんだね。ねえちゃんがまさか結婚するとは思わなかったよ。」そう言いながら荷物をテトリスのようにきれいに積んでいくゆいはなんだか寂しそうだった。

「はい。全部積み終わりましたよ!」先ほどまで寂しそうにしていたはずの顔は誇らしげな顔に変わっていた。「ありがとう。さて、遅くなる前に行くかな。」私は運転席に乗りながらアプリの地図を開きこれからの運転の時間を確かめた。「気を付けて運転するんだよ。眠くなったらきちんと休憩して無理しないでね」ゆいは姉の私を心配して怖い顔で小言を言ってきた。「わかってるよ。ママみたいなこと言ってー。6時間以上かかるから憂鬱だわ。頑張っていってくるよ。ゆいも勉強頑張ってね。行ってきます。」私は深いため息まじりにゆいに別れを告げた。「いってらっしゃい!」ゆいも苦笑いしながら送り出してくれた。







         ー私は「主婦」駅に近づいていくー







 私は運転をしながら今後就活をするか考えていた。

「新卒として取り扱ってくれるのは卒業から2年。とりあえずアルバイトして生活に慣れていくことが一番として、就活するとなるとハローワークに登録するのが手っ取り早いか。」



  ー運転しながら考えていたこの時は主婦になるなんて思ってもいなかったー



奨学金やガソリンや保険などは自分で払い、欲しいものも自分が稼いだお金でやりくりしたかった私は新しい地で正社員とまではいかずとも契約社員としてでも働くつもりでいた。

「はあ。疲れた。やっとついたよ。ゆうに連絡しなきゃ。」やっと着いた新しい家の駐車場で荷物を下ろす準備を始めた。

「無事着いたね。今日必要な荷物だけ下ろそう。夕飯も買いに行かねば。」連絡をみたゆうは降りてきたそうそう夕飯の心配を私に問いかけてきた。

「ゆいがテトリスみたいに詰めたから今日必要な荷物がどこにあるか知らないんだよね。全部降ろすか探すかどっちかにしないと。夕飯はお弁当とかでいいんじゃないの?」呆れた私は適当に答えた。「全部?まじか。本当だ、テトリスのようにきれいに詰めてある。ゆいちゃんは几帳面だな。仕方ない降ろすか。お弁当じゃなくて近くの飲食店に食べに行こう。」段ボールを持ちながらゆうはまだ食べ物の話をしていた。「食べに行くの?疲れてるんだけど。」階段を上りうんざりした私はいち早く片付けて休みたかった。「美味しいもの食べたら元気になるって!早く片付けて食べに行こうよ。」目をらんらんと輝かせて私に言いながら車に段ボールをまた取りに行った。「ゆうって食べ物のこだわりすごいよな」呆れてものも言えなくなった私は諦めてもくもくと残りの荷物を運ぶことにした。



       ーここから私は苦難の道をたどることになるー



 


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