第4話 とある少女
十三歳の初夏、クララは社交界へ初参加した。
この国で育った貴族の子供らは十二歳から十五歳までに王妃か王太子主催の舞踏会へ出席し、王妃に謁見した事で成人とみなされるような慣例になっていた。
それでも、殆どの家が十五まで参加をさせないのは、一度きりの失敗が本人の延いてはその家の末代までの汚名になる事もあるからだ。そうなってしまったら、洒落にもならない。
ホーガン家では代々十三歳になった年の王妃主催の舞踏会でデビューをする事が決まっていた。その日も数名のデビュタントがおり、令嬢は真っ白なボールガウンとオペラグローブ、小ぶりなダイアデムを身につけている。
クララは母が身につけた衣装一式を所々クララ用に仕立て直して身につけた。代々ホーガン家の子女が身につけた格式ある衣装で、ダイアデムに至っては、建国の王が孫娘にあたる初代ホーガン公爵令嬢のデビュタント祝いに作らせた煌びやかなものだった。
出席者がホールに集まると、まずは最高位の招待客がカドリーユを踊る。現王妃が即位するまではこの慣習はなかったのだが、王妃の出身国の流行を取り入れた形で現在ではこの国の舞踏会でも定着していた。
続いて王妃の紹介でデビュタントが一組ずつ階段を降りる、その順番は厳正な序列によって決まっていた。王族に今回のデビュタントがいなかったので、一組目はクララだった。
エスコート役はエドワードの兄ウィルフレッド。エドワードはもちろんエスコート役を買って出たが、自身がまだデビュタントを終わらせていない上に、クララが10㎝を超すヒールを履いてしまうとエドワードの身長はクララの肩までしかなかった。だから、泣く泣く兄にエスコート役を頼んだ。
「ホーガン公爵令嬢クララ。」
紹介を受け、クララが登場すると、今までざわめいていた出席者たちが息を飲んだ。一段ずつ階段を降りていく姿に、皆が褒める声が聞こえる。ホールに降りると一礼し、真ん中まで歩み出る。
全てのデビュタントが紹介され、ホールに整列したところで、流行のオペラの音楽が響き、皆でカドリーユを踊る。白と黒が綺麗に揃って踊る。会場は一瞬にして華やいだ。
「少し前に聞いたのだけれど、ずっと遠くの東の国にとてもキレイな妃がいたようでね。その人の事を『解語の花』と言うらしい。花の美しさも言葉を理解する花には及ばないって事らしい。確かに、クララ嬢はどんな花でも霞ませてしまうね。お母上のケイトリン夫人の時も匂い立つような可憐さがあったが、娘のクララ嬢はそれ以上だ。」
「それにしてもロバート、今夜のデビュタントは少なくないかい?君のお嬢さんもそろそろと言っていただろう?」
ロバートと話しかけられた男は困った様な顔をした。
「普段なら、国王妃主催の舞踏会での社交界デビューなんて有り難い話だが、ホーガン家は代々十三になったら、王妃主催の舞踏会でデビューが決まっているからね。うちの娘もかわいいが、クララ嬢相手じゃ霞むだろう。」
舞踏会や晩餐会を含む社交の場が結婚相手を探す場なのは暗黙の了解である。美しい花、美しい宝石、この世にある限りの美しい物に例えられるクララと並ばせるのは親として気の毒に思うのは無理からぬ事だった。
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