第2話 とある少女

「お前は、来るな。」

「お前が来ると、王子がいらっしゃらないだろ。」

「お前は邪魔なんだよ。」


 屋敷の裏手に広がる庭園の東側の端に立つコンサバトリーの陰で、煉瓦色の髪の少年は、地面に座り込み、悔しそうな顔をしている。


「何なさっているの?」


 コンサバトリーから出てきたのは、綺麗なプラチナブロンドの髪を腰の辺りまで伸ばした少女だった。


「あなたは、オールストン伯爵家のご子息、アイヴァン様でしたかしら?何か、私どものサロンでご不便がございました?何か、お困りの事ありましたら、祖父に伝えますので仰って下さい。」

「いいえ。何も。ホーガン公爵のサロンで、不便など。」

「あらっ。そう?ならよろしかったです。先ほど、新しく焼き菓子が出来ましたのよ、庭に用意させていますので、ぜひ、お召し上がり下さいな。」


 三人の少年は、逃げるようにその場を離れた。


「大丈夫でしたか?私どものサロンでご不便おかけして申し訳ございませんでした。」


 少女は少年に手を差し伸べた。少年が立ち上がると、少女は手を引いて歩き出した。


「アイリーン、アイリーン。」


 玄関ホールで少女は呼んだ、急いでいるような足音がすると、壮年の女性が姿を現した。


「お嬢様、どうなさいました?お怪我でも?」

「いいえ、私ではないの。お客様がね、お尻をついてしまったみたいで、お洋服キレイになるかしら?」


 アイリーンと呼ばれた女性は、少年のズボンを見て、優しく微笑む。


「これなら、大丈夫でございますよ。帰る頃までには洗ってお渡し出来ますよ。」

「コンラッド伯爵家ご子息のエドワード様ですわよね?少しお時間頂きますが、大丈夫かしら?もし、よろしければ、我が家のライブラリーに参りませんか?お祖父様やお母様の本が沢山ありまして楽しいですのよ。どう?」


 少年は、ただ静かに頷いた。


 執事がサイドテーブルに二人分の紅茶を用意した。


「ごめんなさい。」


 少女の突然の謝罪に少年は戸惑いの表情を見せた。


「私が、余計な事をして。あなたは、これからも彼らと付き合っていかなくちゃいけないのに。サロンの主催者側であっても、口出しすべきではなかったわ。私ったら、つい声をかけてしまって。」

「いいえ。ありがとうございます。」


 少女は朗らかな笑顔を見せた。


「こちらこそ、ありがとう。ねぇ。この物語知っている?」


 少年は伯爵家の三男として、日々勉強はしているが、物語の題名が外国語で読めなかった。


「これはね、我が国の北東に面しているクゼイデススユ王国の物語で、迷子になったシロイルカを助けてあげる事で始まる物語なの。」

「クララ様は外国語が読めるのですか?」

「お祖父様に読んで頂きながら勉強したのよ。エドワード様には私が読んで差し上げましょうか?」

「はい。お願いします。」

「ええ。なら、このお話よりも、勇敢な騎士様が出るお話しがいいかしら?」


 少年は何度も頷く。


「それならば…」


 書架を行ったり来たりしながら、一冊の本をとった。


「これは、旅をしながら仲間を集め、魔獣討伐すると言う隣国のバティナヤシャデューケ帝国のお話しです。いかがかしら?」

「はい。それが良いです。」

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