第167話警戒と大人の仕事
ドロシアの苛立ちは無理もないことであった。
シィの介入やリファレットの件について、二度も後手に回ってしまっているのだから、その悔しさも推して知るべしだ。
ドロシアは苦々しげに腕を組む。
「そのままでは引き下がれないでしょう? だから私も、水の一族が学園へ通うための契約に条件を付け足してもらったわ」
腕を組んで鼻を鳴らしながらそう告げる母親に、セオフィラスが説明を求めた。それを受け、彼女は指を一つ一つ立てながら話す。
「シィ・アクエルは学園で雇われている間、間接的にでも人を害さないこと。教師らしからぬ行いを禁止すること、ってね。例えば生徒同士を仲違いさせるとか、特定の生徒に肩入れしないとか、そういうことよ」
他にも、早朝と深夜は学園内に進入禁止であるとか、指定された区域から外出する際はその場所と目的を記した書類を提出して申請するなど、生徒と同じルールを守らせることも約束したという。
「他にも考えれば色々とあったのかもしれないけれど、キリがなくって。でも、あれだけの制限があれば不審な動きは出来ないはずよ。普通の人であれば、ね」
どれだけ禁止事項を増やしても安心が出来ないその心理はよくわかる。何せ相手は水の一族。抜け道を探し出すことなど造作もないことだろうからだ。
セオフィラスやレセリカも難しい顔になってしまう。ドロシアもまた、大きくため息を吐いた。
「リファレットの件も、間違いなくシンディーの指示よ。証拠はないけれどね。大方、フレデリックがリファレットの文句でも言ったのではないかしら。シンディーとしても理由が出来て万々歳だったでしょうね」
その口ぶりから察するに、ドロシアもまたシンディーの不倫相手がドルマン・アディントンだと知っているのだろう。
ラティーシャの母が開くお茶会でも噂になっていたのだ。彼女が知らないわけがない。
もっと決定的なことを知っていてもおかしくないくらいだ。
「理由、ですか?」
セオフィラスの目つきがやや鋭くなる。質問をしておきながらも、答えの目星はついているようだ。
ドロシアもまた目つきを鋭くして声を低くする。その顔はさすが親子といったところか、二人はとてもよく似ていた。
「邪魔なリファレットを、レセリカから引き離す理由よ。セオフィラス、貴方も気付いているのでしょう? フレデリックがレセリカを狙っているって」
「えっ」
驚いたのはレセリカだ。寝耳に水といった様子で目を丸くしてしまう。
恐る恐るセオフィラスの顔を横目で見ると、さらに険しい顔つきになっていた。いつもの穏やかな彼とは思えないほどだ。
「もちろんです」
ギュッと拳を握って怒りを抑えているようにも見える。レセリカは困惑したように眉尻を下げた。
「セオフィラス。お姫様が怖がってしまうわよ」
「え、ああ。ごめんね、レセリカ。ただ、君が狙われていると思うとどうしても抑えられなくなるんだ」
自分を大切に思ってくれていると知って申し訳ないはずなのに、レセリカはなぜか嬉しいと感じてしまう自分に気付く。
(ふ、不謹慎だわ。心配してくれているというのに、私ったら)
レセリカはキュッと口を引き結んで浮かんできた感情をどうにか抑えた。
それから小さく深呼吸をすると、二人に向かって口を開く。
「私は、大丈夫です。優秀な護衛が二人ついていますから。先週も二人のおかげで一度もフレデリック殿下を見かけることがありませんでした」
「まぁ、それはとても優秀な護衛ね。引き抜きたいくらいだわ」
思わぬ返しを聞いて、レセリカはドキリとした。
確かにダリアとヒューイは優秀過ぎる。あまりそのことを知られては、紹介してほしいと言われかねないのだから。
自分の身の安全は保障されていると伝えたいが、二人が元素の一族だということを明かすのも控えたい。塩梅が難しいのである。
「でも、やっぱりこれまで以上に気を付けてね。貴女に命の危険はないでしょうけど、貴女があちら側に落ちたら手が付けられなくなるわ。セオフィラスの」
「? は、はい……」
よくはわからなかったが、フレデリック側に回る気は全くない。レセリカは疑問符を浮かべながらも返事をした。
ドロシアはその返事を聞いてにっこりと笑うと、お茶のカップに手を伸ばす。そのまま優雅に一口飲むと、セオフィラスに向けて告げた。
「これからしばらくの間は、警戒を強めておいて。セオフィラスはくれぐれも暗殺されないように気を付けてちょうだい」
「それはもちろんですが……私たちにも何か」
「ダメよ」
恐らく、セオフィラスは自分も何か出来ることはないかと問おうとしたのだろう。
だが、全てを言い切る前にドロシアによって遮られる。否定の言葉は強く、いかなる理由があろうと認めないといった意思が感じられた。
「これは大人の仕事なの。貴方たちの仕事は学業でしょう? 当事者であることは間違いありませんから、嘘偽りなく報告することは約束しましょう。でも、手出しをすることは許しません。レセリカ、貴女もよ」
これまでの気さくな態度は微塵も感じられない王妃としての姿に、セオフィラスもレセリカも戸惑うように目を合わせてしまう。
ドロシアが、大人たちが、自分たちを守ろうとする姿勢がヒシヒシと伝わってくるため、何も言い返せないのだ。
「問題なく貴方たちが王太子夫妻になった時、学業を疎かにしていました、では格好がつかないでしょう? どうか、子どもたちの未来は大人に守らせてちょうだい」
続けて、どこまでも優しく微笑みながら言われてしまっては頷くしかなくなってしまう。ドロシアの言うことが正しいということも、十分理解しているからこそだ。
「リファレットのこともこちらに任せて。彼の精神面も含めて全力で支えるつもりよ。だから心配しないで学園生活を送りなさい。自分の身の安全を何よりも優先して。私たちは学園内にまで目が届かないのだもの。これは親としてのお願いよ」
ここまで言われて食い下がることなど、二人には出来ない。
レセリカは静かに了承の意を示し、セオフィラスもまた返事を口にする。
「わかりました。ですが、一つだけ頼みがあります」
「言いなさい」
しかし、続けられたセオフィラスの提案を聞いて、レセリカはまたしても驚きに目を丸くしてしまうのであった。
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