第166話愚痴と真相
王宮に到着すると、護衛の騎士が真っ直ぐ部屋へと案内してくれた。セオフィラスとレセリカが入室すると騎士はドアを閉め、部屋の外で待機する。
室内で出迎えてくれたのは二人のメイドと、柔和に微笑む王妃ドロシアだった。
ドロシアは空いている席に座るようにと二人に声をかけると、メイドにお茶を淹れてもらった後、そのまま退室するよう指示を出す。人払いである。
「授業はどうかしら、二人とも。ああ、セオフィラスはいいわ。心配なのはレセリカよ。不便はない? 一般科に馴染めているかしら」
室内に三人だけとなった瞬間、ドロシアは王妃モードから母親モードへと切り替える。砕けた口調で語り掛ける彼女を見て、レセリカも少しだけ肩の力を抜いた。
「馴染めているかはわかりませんが、クラスメイトの皆さんに良くしていただいています。初めて知ることも多く、毎日が新鮮です」
「ふふっ、そうなの。良かったわ。貴女が充実した生活を送れているのが一番だもの」
ドロシアは嬉しそうにレセリカに微笑む。実の息子のことは気にもかけていない様子である。
だがそれは愛情がないというわけではなく、信頼からきているのだとレセリカは理解していた。
(私も、心配ばかりされているようではダメね。もっと信頼されるように頑張らないと)
ドロシアはただ実の娘のようにかわいがっているだけなのだが、レセリカは斜め上に受け取って気合いを入れ直している。彼女らしいと言わざるを得ない。
「母上、レセリカは少し疲れが出ています。早速、本題に入りたいのですが」
セオフィラスもレセリカファーストである。だが、ドロシアがそれに気を悪くすることはない。彼女もまた、レセリカを第一に考えたいのだから。
ドロシアはわかったわ、と告げると、表情を引き締めて申し訳なさそうに口を開く。
「アディントン伯爵の息子のことよね。ごめんなさい。力が及ばなくて」
「いえ、ドロシア様は出来る限りの便宜を図ってくださいました。おかげで彼の騎士になる道はまだ途絶えていないのですから」
まさか謝罪されるとは思っていなかったレセリカは慌てて言葉を返した、のだが。
なぜかドロシアの頬が不機嫌そうに膨れている。気に障ることを言ってしまったかと焦るレセリカを余所に、ドロシアは目を半眼にしながら告げる。
「お母様、でしょう?」
「お、お母様……」
呼び方が問題だったらしい。レセリカはすぐに言い直した。
素直なレセリカの反応にすぐ機嫌を直したドロシアは、再び話に戻る。先ほどの申し訳なさはどこかへ消え、今度は愚痴モードへと突入していた。
「悔しいわよね。王族だからって、なんでも解決出来るわけじゃないんだもの。陛下の命令ひとつでぱぱーっと解決出来たら良かったのに」
「それでは圧政になってしまいますね」
「わかってるわよ、セオフィラス。だから文句を言っているんじゃないの。詳しいことは省くけれど、結論だけを言うとこちらからアディントン家について口を出すことはもう出来ないわ」
ドルマン・アディントンは恐ろしく用意周到な手続きを行った。その結果、リファレットは正式にアディントンを追い出され、それを覆すことはほぼ不可能だという。
そのためドロシアは、リファレットを養子として迎えたいと申し出てくれた信用の出来る友人と協力し、すぐに申請を出したのだそうだ。だがそれも、彼が一度伯爵家を追い出されているせいですぐには認められないという。
「時間が解決するとはいえ、若い頃の貴重な時間なのよ? あと少しで卒業だったというのに……だから、権力を使って学園だけは退学ではなく休学措置にさせたのよ」
「よく学園側が許しましたね?」
「んふふ、それはね。学園が私に後ろめたさを感じているからよ」
後ろめたさとはどういうことだろうか。その疑問がセオフィラスとレセリカの顔に出ていたのだろう、ドロシアは蠱惑的に微笑みながら話を続けた。悪い笑みである。
「ほら、シィ・アクエルの件よ。私は反対したって言ったじゃない?」
思わぬところで飛び出したシィの名前に、レセリカは僅かに緊張する。
でも、確かにその問題もあったと記憶を探った。思えば王妃である彼女の意見が通らなかったというのは不思議なことだ。
「そういえば、母上が反対したというのになぜ彼が教師になることが認められてしまったのか……そろそろ教えていただいても?」
セオフィラスがそう問うと、別に隠していたわけではないのだけれど、とドロシアは小さく息を吐く。続けてちょうどいい機会だからと口を開いた。
「私たちが学園に連絡した時には、すでに契約済みだったのよ。学園と水の一族との、ね」
端的に伝えられた内容ではあったが、それだけで二人は納得してしまう。セオフィラスは眉根を寄せて悔し気に腕を組んだ。
「ああ……個人間での契約ならなんとかなったでしょうけど、元素の一族との契約ならどう足掻いても無理ですね」
「そ。先手を打たれてしまったってわけ。かわいい息子が在籍しているっていうのに、危険な一族を学園に放り込むなんて! ってかなりギリギリまでごねたのだけれど」
「学園側もさぞ、頭を抱えたでしょうね……」
その時の学園責任者が蒼褪めながらドロシアを宥める様子を想像し、レセリカも少し同情してしまう。彼らは板挟みとなってかなり胃を痛めたことだろう。
「わかっていたわよ。学園側を責めるわけにはいかないってことくらい。王族の許可もあると示されれば拒否なんて出来ないものね。だからちょっとごねるくらいはいいじゃない。はぁ、まさかヴァイス様が許可するなんて。あと一歩、気付くのが早ければ阻止出来たというのに。腹立たしい……」
シンディーだけならまだしも、王弟ヴァイスの署名まであり、加えて水の一族との契約。
これらが重なった結果、国王でも覆すことは無理な状況だったというわけだ。
シィが潜入する前から、計画は水面下で進められていたのである。
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