第168話新しい護衛と下準備


 翌週、レセリカが一般科の校舎に辿り着くとよく見知った顔が出迎えてくれた。


「いやぁ、嬉しいですねー! かわいい女の子の護衛を任せてもらえるなんて! しかも一般科! 自由だし楽しそーっ!」


 ジェイル・ヴィシャス。セオフィラスの護衛の一人で、現在騎士科の最終学年の少年である。


 レセリカも、彼がリファレットの代わりに護衛としてついてくれることは知っていた。何度か会ったこともある。


 だが、こうして一対一で関わる機会は初めてだったため、彼のテンションにやや押され気味であった。


「え、っと。よろしくお願いします、ジェイル」


 戸惑いながらも挨拶をすると、声をかけられたジェイルは慌てて姿勢を正す。それから騎士の礼でレセリカに応えた。


「こほんっ。失礼しました、レセリカ様。こちらこそよろしくお願いします。何があってもお守りしますので!」


 キリっとした顔も出来るのだな、などと少しだけ失礼なことを考えてしまうレセリカである。

 ただ、やはりちょっと無理をしているのを感じたレセリカはジェイルに告げた。


「普段通りでいいですよ?」

「あ、いいです? 正直、助かります。でもセオフィラスには……これで」


 そう言いながら人差し指を立ててウインクをするジェイルに、レセリカも思わず頬を緩めて小さく頷いた。やはり彼はお調子者である。


 とはいえ、ジェイルが護衛任務をするにあたって手を抜くことはないとレセリカもよくわかっている。その点についての心配は全くしていなかった。


 こうなった経緯は、ドロシアとの会話の中でしたセオフィラスの提案が正式に認められたからだ。

 リファレットの護衛がなくなってしまったことで、代わりの護衛をなんとしても付けたかったセオフィラスが自分の護衛の一人をレセリカにつけることを決めたのだ。

 

 レセリカとしては、セオフィラスの警護にこそ力を入れてほしかった。自分にはダリアとヒューイという心強い護衛が二人もいるのだから。


 しかしそれをセオフィラスやドロシアに伝えるわけにもいかず、断ることも出来ない。そのため、もどかしい気持ちでジェイルの護衛を受け入れた次第である。


 そんなレセリカの戸惑いを別の意味で捉えたのか、ジェイルはフッと微笑みながら口を開いた。


「セオフィラスのことなら大丈夫ですよ。フィンレイが常に張り付いていますし、俺の代わりの護衛を騎士科から一人つけましたからね。ま、俺には及びませんが信用出来るヤツなんで。セオフィラス自身もかなり強いですから」

「それはわかっているのですが……」


 最も危険なのはセオフィラスだ。それに自分は命まで狙われているとは考えにくい立場にいるのだから。そうはいっても、絶対とは言い切れないのは確かなのだが。


 それでも立場的に替えが利くレセリカと違って、セオフィラスの代わりはどこにもいない。それを言えば方々から叱られることがわかっているので口にはしないが、事実ではある。


 だからこそ、最も重要な人物の下に優秀な人材がいないというのは問題ではないかとどうしても思ってしまうのだ。


「心配なのは変わらない、ですよね。それもわかります。でも」


 相変わらず表情の晴れないレセリカを見て、ジェイルは軽く目を閉じながら諭すように声をかけた。


「出来れば、俺らのような護衛たちを信じてもらえると嬉しいです」


 彼の言葉は真っ直ぐレセリカの心に響く。

 結局のところ単純な話なのだ。どれだけあれこれ悩んでも、最終的にはそこに帰結する。


 あれこれと心配をして頭を悩ませるくらいなら、守られる側として、主人として、どんと構えているのが正解なのだろう。


「そうですね。ごめんなさい。貴方たちを信じます」


 もし、彼らが失敗することがあったら、それをフォロー出来る主人になりたいとレセリカは思うのだ。憂うだけでは前に進めないのだから。


「くーっ、素直っ! セオフィラスにも見習ってほしいっ!」

「あ、あの」

「あ、俺は空気になるんで。レセリカ様はいつも通りに学園生活を送ってくださいね」


 にこにこしながら斜め後ろに控えるジェイルを見て、なんだかリファレットよりもやりにくいと感じるレセリカであった。


 ジェイルは優秀だった。フレデリックとの接触を完全に防ぐことは出来なかったが、そうなった時にうまく切り抜けるのが誰よりも上手いのだ。


 時に用事を言い訳に、時にセオフィラスの名をダシに使い、うまく回る口を最大限に活用してその場をやり込める手腕が素晴らしいの一言に尽きる。

 ただ、レセリカとしては良心が少し痛むらしく、なんとも言えない気持ちになっているのだが。


 それさえもジェイルは、これは自分が勝手にやっていることでレセリカ様は巻き込まれているだけ、と笑って流す。汚れ役は自分が引き受けると言うのだ。


 それが気になるというのに、あまり彼には伝わらない。だがそれもいつしか、諦めて守られるようになっていった。


 ※


 こうして月日が流れ、レセリカは五年生へと進級する。

 ジェイルは卒業することになったが、引き続き護衛として側にいてくれるという。心中は複雑だったが、ありがたいことだ。


 フレデリックの方は、自分の思い通りにことが進んでいないのか、目に見えて苛立っている様子が窺えた。

 それによって被害を受けているのは同級生たちだろう。


(やっぱり……そろそろ動き出すべきよね)


 レセリカに被害がないのが一番、というのが彼女を守る者たちの言い分なのはわかっている。

 他生徒たちも、フレデリックのことをレセリカにどうにかしてほしいとまでは思っていないだろう。


 だが、フレデリックがああなっている要因が自分にもあると思うとやはり心苦しくなるのだ。理屈ではないのである。


 それに、ドロシアがシンディーの企てを阻止するために裏であれこれ動いているものの、進展があまりないことも知っている。

 会えば「問題ないわ」と微笑んでくれるのだが、それがこちらを安心させるためだということくらいわかっていた。


(学業も問題はないし、教会周辺の環境改善や協力体制への目途もついたわ。何より、セオが狙われるまであと一年……)


 ヒューイの弱みを握られる恐れがほぼなくなったのはとても大きい。

 きっともう奴隷にされるようなことはない。ようやくヒューイを安心して調査に送り出すことが出来るのだから。


 あとは、シンディーの企ての証拠さえ手に入れられたなら。


 そうなれば、芋づる式にドルマン・アディントンのことや、シィ・アクエルのことも明るみに出ることだろう。


(フレデリック殿下はどう扱われるかしら……学園に、いられなくなってしまうかもしれないわね)


 他の生徒にとっては朗報かもしれない。レセリカとしても、出来るだけ関わりたくない相手ではあるのだが……なぜか、素直に喜ぶことは出来ない。


 複雑な思いを抱えながらも、レセリカはついに動き出す決意をしたのである。

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