第151話相談と配慮
その日の夜、寝る前に今日の授業についてダリアと話していたレセリカは、その流れでヒューイに話を振ることにした。
基本的にレセリカの寮室にヒューイが立ち入ることを嫌がるダリアではあったが、レセリカが呼んだ時は例外だ。ただ、どうしても苦虫を噛み潰したような顔になるのは仕方ないことなのである。
「あー、教会ねー……」
「やっぱり難しいかしら?」
話の内容はもちろん教会の件だ。案の定、ヒューイは渋っている。その顔を見て、レセリカは困ったように小首を傾げた。
「いや、別に難しいってわけじゃねーけど。オレと侍女が付いていくし、そこまで危険な場所ってわけじゃねーし、行くのは別に……」
「学校からの許可も下りると思いますよ。何が問題だというのです? ウィンジェイド」
教会にベッドフォード家の後ろ盾があることは学校も知っていることだ。娘であるレセリカが教会を訪ねる許可は簡単に下りるだろう。
それがわかっているからこそ、ダリアは冷ややかな視線と声で問いかける。
ヒューイは気まずそうに目を逸らし、頬を人差し指で掻いた。
「いやー、最近は顔を出してなかったからさ。ちょっと気まずいっていうか」
「レセリカ様に仕えることを言っていないのですか」
「仕事が決まったってことだけは言ってある。アイツらは元素の一族がどーとか知らないし」
「まぁ、一般家庭で育てば余程の情報通でもない限り知らないでしょうね」
つまり、久し振りに顔を見せるのが恥ずかしいということだろうか。
レセリカはそう判断しかけたが、どうやら理由はもう少し違うところにあるようだ。ヒューイは続ける。
「知らないからこそ理解出来ないだろうなって思ってさ。ほら、教会で恵んでもらってたオレみたいなヤツが、どうして公爵家のお姫さんのとこで働くことになったのか、って聞かれたら……説明に困る」
「ああ、なるほど」
レセリカもようやく納得したように小さく頷いた。確かに難しいかもしれない。
能力を買った、と言ったとしても、まずどこで知り合ったのかという問題になる。
貴族、それも公爵家の者と一般人はそもそも偶然出会う機会さえないのが普通なのだ。食うにも困るような者なら余計に。
「素直に、泥棒に入ったら捕まったと言えば良いのでは?」
「は? 捕まってねーし!」
「泥棒は否定しないのね……」
ハッキリしないヒューイの態度に飽きたのか、投げやりにそう告げたダリアにヒューイが食いつく。
ただ、気になるところはそこなのか、とレセリカは少々呆れてしまう。
確かにヒューイと初めて会ったのは、王城にお菓子を食べに来たという紛れもない泥棒状態だったのだが。
「っつーか言えるわけねーじゃん。信心深いシスターが王城に忍び込んだなんて聞いたら卒倒するかも」
「そもそも、そんな方を心配させるような行動を慎むべきだったのでは?」
「いーじゃん、お菓子くらいさぁ。王様なんだからそのくらいで怒らねぇだろ」
「王城に忍び込める、ということ自体が問題なのですよ。馬鹿ですか? 馬鹿でしたね」
二人はまたしても言い合いを初めてしまった。いつものことである。
だが、このままでは話が全く進まない。レセリカは小さく咳をしてこちらに注目させると、話の軌道修正を試みた。
「とにかく話を戻すわね? 教会に私が行くのはダメ? 気になるというのなら、ヒューイのことは言わないから」
「……まぁ、それなら。けど、オレのこと探ろうとかはすんなよっ」
口を尖らせて腕を組むヒューイは年頃の少年にしか見えず、レセリカは小さく笑ってしまう。可愛らしい一面もあるものだ、とおかしくなってしまったのだ。
「それは、恥ずかしいから?」
「う、うるさいな。特に知る必要のないことだろっ」
意外と素直である。レセリカはさらにクスクスと笑った。大変珍しいことである。
「おや。レセリカ様が聞きたいというのなら断れませんよ。なんせ、コイツにとって主の言うことは絶対ですから」
「そういうこと言うなってぇ!!」
ダリアが意地悪く笑ってそう言うと、ヒューイはさらに慌て出す。まさしくその通りだからだろう。
ダリアにからかわれて、少しかわいそうになってきたレセリカは穏やかに口を開いた。
「話の流れで出てこない限り、聞いたりしないわ。安心して」
本当はちょっと知りたいレセリカではあるが、あえて聞くことはしない。ダリアはともかく、レセリカは優しい主人なのである。
「っつうかさ、教会の実情ならオレが教えてやれるけど?」
「そうね、でも自分で見てみたいの」
「ま、言うと思ったけど」
とはいえ、こういうところは頑固だ。
前の人生で出来なかった、自分の目で見て確かめるということは譲れない。人から聞いただけでは知り得ないことが、世の中にはたくさんあることを知ったのだから。
「突然向かったら驚かれるかもしれません。私が事前に教会責任者にのみ話を通しておきましょう」
「ええ、お願いね、ダリア。その時は普段の様子を見たいから……」
「はい、心得ております。歓待は不要、ですね」
さすがはダリアである。公爵家の、しかも最近になって後ろ盾になってくれた家の娘が来ると聞けば、間違いなく慌てさせてしまう。その上、迎える際に気を遣わせるのは本意ではなかった。
だからこそ、ダリアも責任者にのみ伝えると配慮したのだろう。他のシスターたち、そして子どもたちには誰とは告げずにいることで、極力普段の様子を見せてもらうために。
そうは言っても、明らかにオーラの違うレセリカが行けば何ごとかと身構えてしまうだろうが。
なにはともあれ、これで問題なく教会を訪問出来そうだ。その時までに、教会のどんなところをチェックするかを脳内にまとめるレセリカであった。
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