第152話駒と決意


 話が一段落した時、それよりもさぁ、とヒューイが顔を歪めながら話を切り出す。


「絶対におかしい。水のやつ、何がしたいんだよ……」


 それだけで何が言いたいのかを察したレセリカもまた、難しい顔を作って顎に手を当てた。


 シィ・アクエルはリファレットにまで接触していた。しかも、リファレットを良い方へ導くような助言をしたのだ。


 一見ただの親切のように思えるのだが、シィが助言したというだけで何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

 特に、セオフィラスに近付くように仕向けた辺りが怪しかった。


「リファレットにセオと親しくなるようにとアドバイスしたのは、毒を盛る時に利用出来るからとも考えられるわ。私だけではなく、リファレットも……駒に出来るようにって」


 あまりそんなことを考えたくはないが、そう考えるとしっくりくる。


 やはりシィの依頼主であるシンディーは、セオフィラスの命を狙っているのだろうか。


 それが現実感を帯びてしまうのが恐ろしいのだ。


「でも、それだったらピンクのお嬢様の背を押したらダメじゃん。あの二人が上手くいっちゃったら、堅物騎士がセオフィラスと仲良くなる必要がなくなるわけだし」


 ヒューイが頭の後ろで手を組み、頭に疑問符を浮かべながら告げる。その通り、不可解な点はそこであった。


 リファレットの恋心を利用して彼をセオフィラスに近付けさせるのが目的なら、ラティーシャにアドバイスなどしてはいけなかったのだ。それがわからないシィではないはず。


 結果、アドバイスを受けたラティーシャはわずかに考えを改め、自ら歩み寄った。

 そのおかげで二人の仲は進展し、リファレットはセオフィラスとわざわざ親しくなる必要がなくなったのである。


 ただ、現在はレセリカの護衛任務に就いている関係上、少しだけセオフィラスからの信頼も得ている状況となっている。

 リファレットがセオフィラスと親しくなる、という目的は偶然ながら達成されているのだ。


(フレデリック殿下の行動を見越した上での計算だった、とは思いたくないけれど……)


 そもそも、リファレットを護衛にしたのは国王の思い付きであったし、誰にも予想がつかなかったことでもある。

 さすがにこれは考えにくいだろうとは思うのだ。


 ただ、シィにとって都合の良い偶然が働いてしまった。そのことが、レセリカをなんとも言えない気持ちにさせていた。


「……ただの、暇つぶしかもしれませんね」


 しばらくの沈黙を挟んだ後、ダリアが小声で呟く。

 結局、それが一番納得のいく理由かもしれない。


「乗り気ではない依頼内容だったのでしょう? レセリカ様との面談でもつまらないと愚痴を溢していたではないですか。ただ、我々を引っ搔き回したいだけかもしれません」


 そうしてこちらが戸惑うのを見て楽しんでいるのかもしれない。

 それが事実なら悪趣味としか言いようがないのだが、彼ならあり得る。


「確かに。水のは誰かを暗殺する仕事はしねーもんな。依頼人から指示を受けて毒だけ用意してさ、毒入りの何かをそうと知らずに駒の内の誰かに目的地へ運ばせる。駒の誰かが成功させりゃいーんだ」


 つまりリファレットが駒としての役割をこなせなくても、他にいる駒がうまく動いてくれれば問題ないというわけだ。


 必ずしも彼の思い通りにことが運ばなくても良い。だからこそシィはいつだって余裕があり、動じることもないのだろう。

 その分、駒はたくさんいると思っていた方がいい。


「中でも最も動かしやすい立ち位置にいる駒が私、ということよね。もしかしたら、ラティーシャも駒にしている可能性があるわ」

「知らない間に、他の方にも接触しているでしょうね。駒の中から一人でも成功すればいいのですから、たくさん手を打つはずです。教師という立場はそういった意味で、とても便利ですね」

「うわ、まじで無差別じゃん。誰が犯人になってもおかしくない」


 前回の人生では、まんまとレセリカがその罠に嵌まって犯人にされたのだろう。

 一番罪を着せやすい立ち位置にいて、尚且つ言われた通りにしか動かなかったレセリカを思い通りに動かすのは容易かったはずだ。


 今更ながら、過去の自分の愚かさに嫌気がさしてしまう。レセリカはギュッと拳を握りしめた。


「全く関係のない誰かが、知らない間に暗殺に加担することになっているかもしれないわ。あれよあれよという間に犯人として裁かれてしまう……」

「毒を仕込まれた物が、そのまま証拠になりますからね。性質が悪いです」


 恐らく、前の人生ではレセリカがセオフィラスに送った何かに毒が仕込まれていたのだろう。

 誕生日や卒業のお祝いはいくつか贈った覚えがあるし、手紙にいたっては何通も送った。


 あの頃に戻ることが出来ない以上、今となっては何がセオフィラスの命を奪うことになったのかはわからないのだが、その中の一つが証拠となってしまった。


 いくらレセリカ側が弁明しようと聞き入れてもらえなかったわけだ。


「結局は、ヤツの依頼人を叩くか暗殺をひたすら阻止するかしか手はないってことだな。水のを止めたところで、毒を仕込んだ後だったら手遅れだ」


 ふと、セオフィラスが食事中に誰も近寄らせなかった光景が脳裏に過る。


 常に誰かに命を狙われているという自覚を幼い頃から持ち、信用出来る限られた者たちしか近付けようとしなかったセオフィラス。


 そこに、婚約者である自分を入れてくれたのだ。


(今度は絶対に駒になるわけにはいかないわ。信用してくれたセオのためにも)


 シィの依頼人を叩く。


 自分には出来そうにないことでも、周囲の力を借りればいい。

 レセリカは本格的に計画を練ろうと頭を働かせるのだった。

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