第150話教会の噂と下見


 せっかく色々と教えてもらえるようになったのだからと、レセリカは思い切って気になっている場所のことについて聞いてみることにした。


「確かこの街には教会があるのよね? そこには誰でも行くことが出来るのかしら」


 ヒューイがお世話になったという教会。話を聞いてからずっと気になっていたのだ。


 いつかヒューイの存在がバレた時、彼を手に入れるために教会を盾に取られる可能性があったことを知ったレセリカは、すでに手を打っていた。

 父オージアスの助けを借りて、ベッドフォード家が後ろ盾となることになったのだ。


 当時、まさかこんなにも早く父親が動いてくれるとは思っておらず、とても驚いたことをレセリカは覚えている。将来的にはレセリカ自身が教会の後ろ盾となる予定だ。


「教会なのでもちろん誰でも行くことは出来るのですが……」

「信心深いご高齢の方々しか行かないイメージがありますね。特に治安が悪いわけではないんですけど、その……孤児が多いのでどう関わったらいいのかわからなくて、足が遠のいている人が多いと思います」


 クラスメイトたちは言い淀むように教えてくれた。


 要するに、多くの人たちはあまり教会には足を運ばないということだろう。少なくとも、彼女たちの中に教会へ行ったことのある者はいないようだ。


「行ったら寄付しなきゃいけないって気がして……もちろん、そんなわけないことはわかっているんですけどっ!」

「寄付したい気持ちはあっても、一般家庭でそこまで余裕のある家ってそんなにありませんから」


 他にも、教会に行ったらお祈りしなきゃいけない気がする、子どもたちに話しかけなきゃいけない気がする、といった声が挙げられる。

 さらに教会が炊き出しを行っていることからも、近付くことで自分たちが生活に困窮している者だと思われる、という思いもあるようだ。


(誰も悪くはないのに……もどかしい話ね)


 レセリカ自身も、教会がどういった場所なのかは人から聞いた知識でしか知らない。彼女たちの戸惑いはわからなくもなかった。

 将来この教会の後ろ盾となるのは自分だ。一度行ってみるべきかもしれない、とレセリカは考える。だが今は授業で街に来ているため、勝手な行動を取るわけにはいかなかった。


(今度の休みに外出許可を取って、ダリアやヒューイとともに訪ねてみようかしら。許可が下りればいいのだけれど)


 もしかしたら昔のヒューイの話を教会の人から聞けるかもしれないという思いもある。レセリカは心の中にメモを残し、再びクラスメイトたちに町のことを聞き始めるのだった。


 大通りを全員で回った後、少しの時間だけ自由時間が与えられた。事前に決められていた五、六人ずつのグループに分かれて気になる店や施設に向かうことになっている。


 気になる、といっても客としてではない。いずれ行う職業体験に備えた下見だ。


(職業体験も楽しみね。働くのは初めてだもの。今の内からしっかり見ておかないと迷惑をかけてしまうわ)


 当然、レセリカは他の誰よりも張り切っている。そんな様子を同じグループのメンバーはほのぼのした気持ちで眺めていた。


「よ、よかったら、レセリカ様が気になる場所に向かいませんか? あの、みんなが良ければだけど」

「えっ、でも、悪いわ。あまり時間もないのに……」

「だからこそですよっ!」


 押しの強い女生徒が食い気味に言う。拳を握りしめて一歩詰め寄られたレセリカはやや戸惑い気味だ。


「私たちは普段からこの街を歩いてますから。私は特に、将来は家業を継ぐので今更どこか見たい場所というのもないんです。レセリカ様にとっては貴重な体験の場なのでしょ? 優先させてくださいっ!」

「お、俺も! 将来は店を継ぐ予定なんで!」

「わ、私は決まってませんが、候補はすでにありますから大丈夫です」


 どうやら、他の一般生徒にとっては今日の授業はただの地元巡りのようなものらしい。

 もちろん中には遠方の町から来ている者もいるので全員ではないが、基本的に将来就く仕事をある程度決めている者がほとんどだ。


 決めていなくとも、一般の生徒たちは普段から気軽に街に遊びに行くことが出来る。レセリカの意思を優先させたいというのはグループ内のメンバーの総意であった。

 その内心は、八割以上がレセリカへのファン心であるのだが。


「そう言ってもらえて嬉しいわ。でも……その、実は私はまだ候補を絞るどころか何が何やらわかっていない状態なの。だから、皆さんがいずれ職業体験の時に行きたいと思っている場所を案内してもらう、というのはダメかしら?」


 恥ずかしそうに告げるレセリカの奥ゆかしさに心を打ち抜かれぬ者はいなかった。


 結果、レセリカは家業を継ぐという生徒の家族が経営する宿屋、貸し馬車屋、花屋を見て回り、最後に残る二人の生徒が気になっているという飲食店と服飾店を見に行った。


 どこの店でもレセリカが来たことによって店主たちは大層慌てたが、クラスメイトたちとの様子を見て最終的には来年の職業体験はぜひ内で! と熱心に誘われる事態となる。

 嬉しいやら困るやらで、レセリカは眉尻を下げてしまうのだが、とても有意義な時間を過ごせたことだけは確かだ。


(それに、少し気になるお店もあったわ。候補に入れておこうかしら)


 全くの未知数だった職業体験に不安を抱いていたレセリカであったが、今日だけで幾分か気持ちがホッと楽になるのを感じる。

 それもこれも、協力してくれたクラスメイトや店主が皆、気の良い者たちだったからこそ。


 学校へ戻る帰り道、レセリカはひっそりと心の中で感謝を述べるのであった。

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