第149話学外授業と親衛隊


 教師の注意事項を聞いた後、早速レセリカたち一般科の生徒は学外へと向かうことになった。


 学園自体が大きな街中の外れにあるため、本日向かう予定の商業地区までの道のりはそこまで遠くはない。


 大した距離ではなくとも、生まれて初めての自由な街歩きにレセリカは胸を高鳴らせていた。


「レセリカ様、お疲れになったらすぐに……」

「リファレット。それは護衛としての言葉かしら? 私は今、一般科に籍を置いている身だもの。あまり甘やかさないでもらえると嬉しいのだけれど」


 まるでダリアのようなことを言うリファレットに、レセリカは思わず困ったように眉をハの字にしてしまう。

 どうも、彼にも過保護なところがあるようだ。


「は、すみません」

「いいの。でも、無理して動けなくなったら余計に迷惑をかけるものね。疲れたらちゃんと言うようにするわ。ありがとう」

「い、いえ」


 リファレットは少し照れたように返事をした後、いつも通りに口を引き結んで護衛任務に集中した。


 こういった過保護な面を除けば、リファレットの見習い護衛騎士としての振る舞いは完璧といえる。授業の邪魔もしないし、他の生徒に威圧感を与えないよう気を配っている様子も見受けられる。

 ただ、もともとの顔つきや体格の良さからどうしても恐れられてはしまうのだが。


(クラスの皆さんは特に何も言ってはこないけれど……近寄ろうともしないのは仕方ないわね)


 極端に遠巻きにされたり、悪感情を向けられることはないが、やはりどうしても関わろうとはしてこない。近付くのは畏れ多いと思われているのだ。


 クラスメイトと普通に会話は出来るし、困っている時は助けてもくれる。だがあと一歩のところにある壁はなかなか崩せないものだ。


 レセリカもそれはちゃんと理解はしているため、寂しいとは思いながらも現状維持に努めている。

 ……と言うと聞こえはいいが、実のところレセリカ自身が勇気を出せない部分もあった。


 これまでは自分から関わるという積極的な行動を心掛けていたが、全員が一般家庭の出身だと思うとレセリカの方も変に緊張してしまう、というのが本音だ。


 質問以外の何気ない会話。周囲との壁を崩すには、まずそれが課題かもしれないとわかってはいるのだが。


(今回の学外授業で、少しでも交流出来るようにしないと)


 だからこそ、今日はレセリカも気合いを入れているというわけである。教室内にいるよりは話題も見つけやすいし、話しかけやすいと思ったのだ。


 そして、クラスメイトと話せるようになりたいというその望みは、思わぬ形で成功することとなる。


 街に出ると、見るものすべてが新鮮なレセリカは、ついついよそ見をしてしまっていた。

 知識としては頭に入っていても実物を目にするのが初めての物が多く、一般生徒が素通りするようなことまで一つ一つに目を輝かせてしまうのだ。


 しかし、学外に出た際の授業は団体行動が基本。みんなの足並みを乱すまいとレセリカは必死に耐えていた。

 耐えていたのだが、気になる様子を隠しきれていないその姿に、クラスメイトたちは心を揺さぶられ続けていたのだ。


 ついに耐え切れなくなったのか、一人の勇気ある女生徒が声をかける。


「あのっ、気になる物があったら聞いてください! 街のことなら大体のことはお教え出来ると思うので!」


 勇気を振り絞ったのか、女生徒の声は力が入ったものとなっていた。おかげで周囲にいた生徒たちの注目を浴びてしまっている。

 そんなことには気付かず、急に嬉しい声をかけられたレセリカはこれまで以上に目の輝かせた。


「いいの? 嬉しいわ!」


 無表情ながら興奮気味なレセリカの愛らしさは、見ていた者たちの胸に突き刺さった。


 先を越された他の生徒、主に女生徒たちがそれを皮切りに声を上げ始める。


「ず、ずるいわ! あの、レセリカ様っ! 私も色々知ってますよ! 穴場スポットとか……!」

「私だって! う、うちのお店、それなりに繁盛してるんですよ!」

「ちょっと、抜け駆けは許さないわよっ!」


 一気に大騒ぎになったことで、レセリカは目を白黒させてしまう。

 だが、どうやらみんなが自分に声をかけようとしてくれていたらしいことを察して、嬉しさが込み上げてくるのを抑えきれない。


「みなさん、親切にしてくれてありがとう。無知で恥ずかしいのだけれど……教えてもらえると嬉しいわ」


 その気持ちが微笑みに現れたことで、言い合いをしていた生徒たちの動きが一斉に止まる。


「あの、順番に聞かせてもらえるかしら? 全部、聞きたくて……」


 騒ぎになってしまった場をどう収めるかと教師が頭を悩ませ始めていたのだが、レセリカは無意識の内にあっさりと解決してしまったようだ。


 これを機に、教師からの信用も知らぬ間に得たことをレセリカは知らない。


 その後、女生徒たちは順番にレセリカの隣を歩きながら説明をしてくれた。

 その全てに新鮮な反応を返してくれるレセリカに対し、いつしか庇護欲が湧いてしまったクラスメイトたち。


「レセリカ様、ああいった出店を見たことはありますか? 曜日によってお店が代わるんですよ!」

「あの、あの、やっぱり屋台の食べ物って召し上がったことはない、ですよね? でも、すっごく美味しいんですよ!」

「あっ、ダメですよ、レセリカ様! そっちはあまり治安が良くないので、視線を向けるのもやめておいた方がいいです。特にレセリカ様はお美しいので目を付けられてしまいますからっ」


 女子の結束は固く、本人の知らぬ場所でレセリカ親衛隊が出来るまでにそう時間はかからなかった。


 おかげで、性別の関係上、リファレットが目を離すことになる場所の安全性が高くなり、影で護衛を務めていたダリアやヒューイもこの喜ばしい状況にグッと拳を握った。

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