第148話私語と疑問


 お茶会があった次の週の初め。


 レセリカのいる一般科クラスは学外授業に向かうため校庭に集合していた。街に出て暮らしを見るという名目なのだが、いずれ始まる職業体験の下見という意味合いが強い。


 当然、護衛任務を請け負っているリファレットも共に向かうのだが、どうも彼の様子がおかしいことにレセリカは気が付く。

 護衛の仕事をしっかりこなそうとする姿勢はいつも通りであるし、表情もいつも通りなのだが……どことなくソワソワしているように感じたのだ。


 気になったレセリカは、教員からの声がかかるまでの間にリファレットに問いかけることにした。


「何か聞きたいことでもあるの? リファレット」

「えっ、い、いや、そんなことは……」


 何もないならありません、で済むところ、明らかに動揺している。

 これは間違いなく聞きたいことがあるのだと察したレセリカは、彼の性格を考えて任務中に私語を挟むのは良くないと思っていることを察した。


「少しくらいなら、私語も良いと思うのだけれど」

「しかし自分は今、護衛任務中ですし」

「話をしていたら、護衛の仕事は出来なくなるものなのかしら?」


 きっと、いくら遠慮をするなと言っても聞かないと思ったレセリカは、思い切って少々煽るような言葉を選んだ。

 その選択は大正解だったようで、リファレットは急に表情を引き締めてハッキリと言い切る。


「いえ、そんなことくらいで出来なくなったりはしません。ですが、その。個人的な話になってしまいますので」

「構わないわ。そんな態度でいられる方が気になるもの。聞かせてくれる?」


 それでもどこか遠慮気味だったリファレットに、レセリカはやや強引に告げることで話を聞き出すことに成功した。真面目すぎるのも考えものである。


 リファレットは困ったように眉尻を下げた後、ボソボソと話し始めた。


「その、先日は、ラティーシャとお茶会だった、とか……」

「彼女の様子が気になるのね?」

「うっ、あ、その。そう、です」


 予想通りの内容だったため、レセリカの心がほわりと温かくなる。ラティーシャの気持ちもわかってきたところだっただけに、余計に嬉しく思うのだ。

 やや頬が紅潮しているリファレットを見るのもなかなかに新鮮だ。


「リファレットは、本当にラティーシャを思っているのね」


 レセリカの直球な言葉に、リファレットはウッと言葉に詰まる。耳まで真っ赤になっている彼は、やはり初心な男である。


 レセリカはどこまで話そうかと少し考え、自分が思っていることをそのまま伝えることに決めた。


「ラティーシャは素直じゃないところがあるけれど……誰よりも純粋で素敵な子だわ。今も、不器用ながらちゃんと貴方に歩み寄ろうとしているもの」


 リファレットはバッと顔を上げてレセリカを見つめた。


 彼自身も、ラティーシャが努力してくれているだろうことは察していたが、態度が態度なため少し不安になっていたのだ。

 だからこそ、改めてレセリカから聞かされたことが嬉しかったのだろう。ますます顔を赤くしている。


「自信を持っていいと思うの。貴方の彼女を思う気持ちはとても真摯に伝わってくるから、きっと大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます……!」


 生真面目なリファレットは、バッと直角に腰を追って頭を下げながらお礼を告げた。二人の関係が良好なのは、レセリカとしても嬉しいことだ。このままうまくいくように、と心から祈るばかりである。


「やはり、アクエル先生の言った通りでした」

「え……?」


 しかしここでお茶会の時に引き続き、思わぬ名前が飛び出したことでレセリカに緊張感が走る。

 ラティーシャから語られたのはわかる。だが、リファレットにはシィとの接点はなかったはずだ。


 どういうことだろうと戸惑うレセリカを前に、リファレットは世間話の延長といった様子で話を続けた。


「以前、呼び止められて注意をされたことがあるのですよ。ラティーシャとセオフィラス殿下を目で追いすぎだ、と」


 リファレット曰く、その時にシィからアドバイスをされたという。

 彼女との仲を深めたいのなら、むしろ彼女が思いを寄せているセオフィラスと仲良くなればいい、そのためには二人と親しくしているレセリカに話を聞いてもらうのはどうか、というアドバイスだったそうだ。


(シィ先生は、すでにリファレットにも接触していたのね……!)


 これは新しい情報だ。きっとどこかで聞いているであろうヒューイとダリアに、視線を送りたい気持ちだった。


「レセリカ様は、冷静に人を見て判断してくださる。ラティーシャと婚約出来たことで、もう貴女様に相談する必要はなくなりましたが……アクエル先生がレセリカ様を推薦なさったのは正解だと思いました」

「そう、かしら? 買い被りすぎよ」

「そんなことはないと思いますが……」


 嬉しそうなリファレットを前に、レセリカの脳内は疑問符でいっぱいだった。


 なぜ、シィはそんなアドバイスをしたのだろうか。一方でラティーシャの背中も押していたというのに。

 そんなに二人の仲を取り持ちたいと思ったのだろうか? いや、違う。レセリカにはどうしてもそうは思えなかった。


「ああ、少し話し過ぎたようです。レセリカ様、教師が来ましたよ」

「え、ええ」


 リファレットはその言葉を最後に、口を固く引き結んで護衛任務に集中し始めた。


(不可解な行動が多すぎるわ、シィ先生)


 だからこそ不気味で、底知れぬ不安を感じてしまう。何を考えているのかわからない人というのは、ここまで厄介なのかとため息を吐きたくなる。


(切り替えましょう。今は授業に集中すべきね)


 なんといっても初めての学外授業なのだ。つまり、正式な護衛を付けずに徒歩で街に向かうということ。


 自分の足で歩いて向かうということも、街を自由に歩くのも初めてなレセリカにとっては、心躍る授業である。実は先週からずっと楽しみにしていたのだ。


(考えごとは後。せっかくだもの、楽しみたいわ)


 レセリカは、今だけは不安要素を頭の片隅に追いやって、しっかり見て回ろうと意気込むのであった。

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