恋の始まり

第139話エスコートと注意


 ベッドフォード家の馬車が聖イグリハイム学園に到着した。馬車から先に出てきたのは次期当主となる長男ロミオだ。


 ロミオは隙のない動きで颯爽と降り立つと、続いて馬車から降りようとしている姉のレセリカをエスコートする。誇らしげな様子が微笑ましいとレセリカは思っているのだが、周囲からの印象はまた違った。


「はぁ、やっぱり素敵ねぇ。ロミオ様」

「レセリカ様も相変わらずお美しいわ」

「本当に素敵なご姉弟よねぇ。憧れてしまうわ」


 ホワイトブロンドが美しく、顔立ちの似た仲良し姉弟は学園でも有名である。最近ではロミオの成長が著しく、少しずつ大人びてきた様子がより魅力に溢れている、と女生徒たちの間では噂となっているのだ。


 注目の的となっているベッドフォード姉弟の方へ、もう一人の学園の有名人がやってきた。


 アッシュゴールドの髪に空色の瞳。少年から青年へと移り変わり、より一層凛々しくなったこの聖エデルバラージ国王太子のセオフィラスだ。


「レセリカ」

「セオ様」


 そして、レセリカの婚約者でもある。二人が名を呼び合い、仲睦まじく見つめ合ったのを見て、周囲からはまたため息が漏れ聞こえてきた。セオフィラスもまた整った顔立ちであるため、美男美女のお似合いカップルとしても有名なのだ。


「セオフィラス殿下、僕もいることをお忘れなく」

「もちろん忘れてなどいないよ。小さなナイトはやっぱり厳しいな」

「それはそうですよ。今日は寮棟の前までは僕が姉上をエスコートする約束なのですから。横取りは殿下といえども許しませんからね!」

「あはは、やっぱり厳しい。だが、ちゃんと正面から私に意見をしてくるなんて、未来の文官として頼もしいことこの上ないな」


 婚約者と弟がこうして軽口を言い合うのも、もはや慣れたものだ。しかしレセリカはやっぱりこういう時、どんな顔をしていいのかわからずにいる。二人してまるで自分を取り合っているかのようなことを言い合うのだから。


 だが、それもこれも全てはレセリカのためなのだということは理解している。


 というのも、今日から学年が進級し、レセリカは一般科へ進むことになる。

 こうしてセオフィラスやロミオがレセリカを大切に思っていることを周囲に知らしめることで、余計な口出しや手をレセリカに出させないようにする、いわばけん制の意味も込められているからだ。


 そんな意図がなくとも、この二人はレセリカを取り合うだろうことはこの際置いておく。


「お任せください。将来は殿下にたっくさんお仕事をお渡ししますからね?」

「参ったな、怖いことを言わないでくれ」


 なんだかんだと言いながら、この二人も良好な関係が築けている。レセリカはそのことに安心するようにフワリと微笑んだ。


 寮棟に到着すると、レセリカに見送られながらロミオは名残惜し気に手を振って自分の寮へと向かって行った。

 今年はオリエンテーションで三学年は忙しくなる。そのための準備を学友と話し合うのだそうだ。頼もしい限りである。


「レセリカ。何度もしつこいようだけれど、もう一度確認しておくね」


 二人きりになった時、セオフィラスはレセリカに向き直って真剣な眼差しでそう告げる。


「君の側にはリファレットが護衛騎士見習いとして就くことになる。それは騎士科の特別授業として生徒たちに伝えられるだろうけど、レセリカのための措置だって気付く者は多いだろう。その際、君にはいらぬ気苦労をかけてしまうかもしれないけれど……」


 要は、結局はお貴族様のワガママだと不満を漏らす者も出てくるだろう、という懸念があるのだ。

 そうは言っても、すでにレセリカの噂は良い方面で学園中に知れ渡っているため、いたとしても少数だろうとは考えられるのだが。セオフィラスは過保護なのである。


「大丈夫です。陛下が私のためにと考えて手配してくださったのでしょう? 私のせいでご迷惑をかけて申し訳ないくらいです」

「もう、迷惑だなんて父はもちろん私も、誰も思っていないよ。リファレットも使命感に燃えていたからね。彼も将来が約束されたようなものだから、と感謝していたよ」


 それを聞いて、レセリカもホッと胸を撫で下ろす。

 実のところ、一番の懸念事項はリファレットのことだったからだ。

 レセリカが素直に貴族科へ進んでいれば、リファレットもそのまま騎士科として最終学年を迎えられたのに、と負い目を感じていたのである。


 もちろん会った時は改めてお詫びを告げようと考えてはいるが、そこまで彼も悪く思ってはいないようだとわかれば安心もするというものだ。


「……本当は私が四六時中、君の側にいたいのだけれど、ね」

「せ、セオ……」


 一方、セオフィラスは相変わらず悔しそうである。納得はしているが、不満は残るといったところだろうか。


「私もそれなりに出来るとはいえ、悔しいことに剣の腕でリファレットには到底敵わないからね。ジェイルにも。体術ではフィンレイに敵わないし……そもそも、立場的に君の護衛はさせてもらえないのだけれど」

「そのどちらも体得しているのが、すごいことだと思うのですけれど……」


 セオフィラスが本気で心配していることが伝わり、レセリカとしてもとても嬉しい気持ちだ。しかし、こうまで拗ねられてしまうと苦笑するしかなくなってしまう。


 困ったように眉尻を下げているレセリカを見て、セオフィラスは脹れっ面を止めてふわりと微笑んだ。


「ありがとう。……あと、今年はさすがに担任が変わっているとは思うけれど、シィ・アクエルには気を付けて。それと……フレデリックにも」


 控えめに差し出された手に、レセリカはそっと自身の手を乗せる。セオフィラスはその手を優しく取ると、キュッと力を込めた。

 レセリカもまた、それに応えるように僅かに力を込める。


「もちろん気を付けますが、私は私なりのやり方で対処も、戦うことも出来ますよ?」

「それは知っているよ。君が思っている以上にお転婆だってこと」


 クスッと笑いながら告げられた言葉に、レセリカはほんのりと頬を赤く染めた。お転婆の件については、おそらくドロシア王妃から聞いたのだろう。


「でも、心配くらいさせてくれない? 私は君の婚約者なのだから」

「……はい。ありがとうございます、セオ」


 暫し二人は見つめ合い、先にセオフィラスが名残を惜しむように動いた。


「今年は去年以上に会う機会が減ってしまうだろう。それがとても寂しいけれど。いつでも君を想っているよ、レセリカ」


 ソッとレセリカの指先にキスを落とし、セオフィラスは極上の笑みを残してその場を立ち去った。

 彼の言動に、周囲では女生徒の小さな悲鳴が漏れ聞こえてくる。


 後に残ったレセリカはドキドキと高鳴る鼓動に小さく首を傾げながら、キスを落とされた手をソッと胸に抱いたのだった。

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