第115話盗み聞きと禁忌


 レセリカの話を聞いてすぐに調査に向かうつもりだったヒューイだが、少しだけ寄り道をして侍女の待機部屋へと顔を出す。


「おい、レッドグレーブ。盗み聞きはこっちの専売特許なんだけどー?」

「人聞きが悪いですね。耳に入ってしまっただけです。音もなくこの部屋に侵入してきた変態と一緒にしないでください」

「変態って言うな。オレが来るって察してたくせによく言うぜ、ったく」


 レセリカがようやくヒューイにだけ打ち明けた彼女の秘密。それを、隣室で待機していたダリアもまた知ってしまったというわけだ。

 もちろん、ヒューイの言うように盗み聞きしたようなものなので、ダリアがその件についてレセリカに言うことはない。自分の中で抱えておくつもりなのだろう。


「で、何か言いたいことは?」

「いいえ? 私はただ、レセリカ様のお言葉をそのまま信じるのみ。そして、それとなくお助けするだけです」

「……告げ口するのか?」

「まったく、口が悪いですね。たまたま聞いてしまっただけの内容で裏の取れていない話を主人に伝えるわけないではないですか」


 もちろん、ダリアも言葉通りレセリカの話は全て信じている。裏が取れていなくても、だ。

 実際、本当かどうかも怪しい話を当家主人に伝えるわけにはいかない。……という建前でレセリカの秘密を守ると言いたいのである。


「……オレさぁ、レセリカのやり直しについて聞き覚えがあんだよね」

「そうですか」


 そろそろ本題に入ろうと、ヒューイが切り出す。もちろん、レセリカのやり直し人生についてだ。


 話を聞いた時はかなり驚いた。それがあり得ない話だからではない。聞いたことのある話・・・・・・・・・だったからだ。

 そして、これを話したいがためにわざわざダリアの下へ立ち寄ったのである。


「とぼけんじゃねーよ。元素の一族なら一度は耳にしたことがあんだろ。つまり、お前が知らないわけがねー。特に人を人とも思わねーような、火の暗殺一族ならな」


 とはいえ、あまりこの話をしたがる者はいない。同じ仲間内、それも親しい間柄で初めて話題に出せるようなデリケートな話題だった。

 ヒューイとて、ダリアと語り合いたくて切り出したわけではない。本人としても、この話題については一生誰とも話すことはないと思っていたほどだ。


 あまりにも危険で、禁忌。


 そんなものに己の主が関わっていると知っては無視出来ない。レセリカの最も近くにいる元素の一族、「元」ではあるが、ダリアが関係している可能性は十分高いのだから。


「時戻しの秘術。詳しい発動条件も知らねーし、それが本当にあるのかも調べたことがねーから眉唾モンだけど。でもずっと元素の一族の間で語り継がれてる闇の話だ。そして今回のレセリカの話……」


 間違いなく、レセリカは人生をやり直している。その秘術を使ったかは定かではないが、それしか方法が思いつかなかった。


「誰かが一度、その秘術を使ったんじゃねぇの?」


 ────例えば、ダリアお前とか。


 暗にそう告げたヒューイの言葉を、ダリアは正確に聞き取っただろう。いつになく鋭い眼差しを向けるヒューイに対し、ダリアはフンと鼻で笑う。


「随分、夢見がちなのですね? ウィンジェイドの」

「誤魔化しやがったな? 肯定と受け取るぞ」


 ピリッとした緊張感が走り、二人の間で殺気が飛び交う。


 ヒューイに勝ち目はないのだが、ここで引くつもりはなかった。なんせ、唯一の主に関わることだ。そしてそれは、ダリアにとっても引けない大事な話題であるはず。

 レセリカに対する忠誠心についてだけは、ヒューイはダリアを信用しているのだ。


 だが、ダリアにとってこの話題はタブーなようだった。機嫌悪くどこまでも冷たい眼差しがヒューイに突き刺さる。


「もし貴方の言うようにそれを誰かが使ったのだとして。なぜ私がその件について貴方と語らねばならないのです? 秘術は禁忌とも呼ばれており、話題にするのも大変危険なものだと聞いています。貴方なんかと話してリスクを負いたくありませんね」

「……ほんっと、性格悪ぃ」


 要は、何かを知っていたとしても明かす気はないと言うことだ。単純にそう言えばいいのに、わざわざ嫌味を付け足してわかりにくい言い回しで返してくるダリアにヒューイは半眼になった。


 これ以上は何を言っても無駄だろう。気にはなるが、もしもダリアが秘術を使ったのだとしてもそれがレセリカのためであることは聞かなくてもわかる。


 時戻しは、レセリカの命を救ったのだから。


 ヒューイはクルッと体の向きを変え、頭の後ろで手を組んだ。


「別にいいけど。お前なら『レセリカ様のために情報を共有しなければなりません』とか言うと思ったのに。意外だったな」

「あら、そんなに私の力が必要ですか? どうしても、というのなら考えてあげなくもないですよ? 床に頭をついて懇願でもしてみては?」


 いちいち上から目線で腹が立つ。恐らく言い負かすことなんて出来ないだろうが、それでも言われっぱなしは嫌なもの。ヒューイはベッと舌を出して言い返した。


「はっ、いらねーよ! お前はレセリカの身を守ることだけに集中してろ! それだけが取り柄なんだろっ、この暴力女」

「ああ、貴方は私にも全く歯が立たない弱虫ですもんね? 言われなくてもお守りしますよ。さっさと行ってください。目障りなので」


 やはり舌戦で勝つことは無理のようである。ヒューイは額に青筋を浮かべながら早々にその場を去った。


「かわいくねぇーっ!!」


 その際、風に紛れてそんな叫び声が聞こえてきたが、ダリアはどこ吹く風といった様子でレセリカのためのお茶を用意するのだった。

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