第114話秘密の共有


 レセリカが話す間、ヒューイは一度も言葉を挟まなかった。ただ黙ってレセリカを見つめ、真剣な表情で聞いている。


 ようやくレセリカが話を終えた後、ヒューイは長いため息を吐いてようやく口を開いた。


「つまり、王太子が暗殺されないように今回の人生では色々と動いてるってわけか? それさえ阻止すれば、レセリカが断罪されることもない、と」

「ええ」

「んで、前の時はオレがアディントン家の奴隷にされてた、と」

「……ええ」


 マジかー、と呟きながら頭を掻くヒューイを、レセリカは心配そうに見つめる。不快な思いをさせてしまっただろうか。妙なこと言うなと怒るだろうか、と。


 しかし、ヒューイはそんなことなど欠片も思っていないようだった。あっさりとレセリカの話を飲み込み、困ったように笑う。


「こんな重たいもん、よく一人で抱えてたよな……ずっと一人で頑張って来たんだろ、レセリカ」

「っ!」

「話してくれてありがとな!」


 打ち明けるのはとても勇気のいることだった。怖かったのだ。信じてもらえなかったらどうしよう、と。それが不安だったのだと、この時に初めて気付いた。

 そんな心配は杞憂で、きっと信じてくれるというレセリカの思いも含めて受け入れてもらえたことがありがたかった。


 レセリカは僅かに口角を上げて微笑む。


「……聞いてくれて、ありがとう。ヒューイ」

「おう!」


 ちなみに、ヒューイも主からおそらく最大級の秘密を打ち明けてもらえたことに喜びを感じている。自分の身をやたらと案じていたのはそのためか、と納得もした。それについては、なんとも言えないくすぐったさがあるのだが。

 だからこそ、必ずレセリカの望みを叶えてみせると気合いを入れ直したヒューイである。


「で、だ。オレが貴族家に捕まって言いなりになるなんて全く想像もつかねー……と言いたいとこだけど。正直、心当たりなら、なくもない」

「あるの!?」


 驚いたように食いつくレセリカに、苦笑しながら頬を指で掻くヒューイはまぁな、と言いながら説明を続けた。


「今でこそお前が食わしてくれてるじゃん? けど、主が見つかるまでのオレはその日暮らしで。情報を売って稼げるから全く食えない日が続く、ってほどではなかったけど」


 そういえば、出会った時も彼はお腹を空かせていたなと思い出す。健康であるようには見えたが、空腹でレセリカの気配をちゃんと読めなかったと言っていた。


 今は毎日三食、ヒューイには食べさせている。なんならおやつまで付く。今後もヒューイが弱ってうまく動けないなんてことがないように、しっかり食べさせようとレセリカは決意した。


「んで。その時のオレに食いもんをくれてた、つまりお世話になった人がいる。レセリカと会ってなかったら今も世話になってたんじゃねーかな」

「お世話に……?」

「教会のヤツだよ。あそこは、身寄りのない子どもの世話もしてるし、炊き出しも定期的にしてる。たまに転がり込んでくるオレにさー、嫌な顔も詮索もせずに飯を食わせてくれてな」


 教会について語る時のヒューイは、心なしか優しそうな顔に見える。彼にとって居心地の良い場所だったのかもしれない。

 今も大切な場所なのだと、見ているだけで伝わってきた。


「だから、その時のオレが教会に何かするとかそんなことを言われたとしたら……従っていたかもしれないな。風の一族は恩を何より大事にするから」

「そう……」


 実にヒューイらしい理由だとレセリカでも納得する。受けた恩を仇で返すようなことは絶対にしないだろう。そのためには自身の尊厳も投げ打つ。それが風の一族なのだ。


 それが原因となるのなら、レセリカの従者となった今も安心は出来ない。今や教会だけでなく、レセリカ自身もダシに使われる可能性があるのだから。


「けどさ、今こうしてレセリカから話を聞けたから問題ねーな!」

「え?」

「こうなる危険があるって知って、オレが回避出来ないとでも思ってんのかよ。だからさ、あんまり心配すんな! 姿を見せなきゃ存在もバレねーだろ?」

「そう、ね。でも」


 ヒューイの言うことも理解出来る。きっと彼ならこの先もうまくやるだろう。

 しかし、情報はどこで漏れるかわからない。ヒューイが情報を得てくるように、他にもこちらの情報を得る者が絶対にいないとは言えないのだから。


「……もし、いつか私や教会を盾にされて従え、なんて脅されたら。その時は絶対に首を縦に振ってはダメよ。これはお願いじゃないわ。命令・・よ」


 レセリカの紫の瞳が真っ直ぐヒューイを見つめる。彼女がハッキリと「命令」をするなど滅多にないことだ。当然、ヒューイに拒否権はない。


「っ! ……はぁ、酷なことを言うな? でも、命令には従わなきゃなんねーし。あーもー、ずりぃ!!」


 ヒューイはくしゃくしゃと頭を掻きながら天を見上げてうめく。同時に、命令をされて嬉しい気持ちもあるから厄介だ。

 黙ってしまったヒューイが数分後に小さな声でわかったよ、と告げたことを確認すると、レセリカは一つ頷いて再び小さく微笑んだ。


「……絶対に無事に戻って来てね、ヒューイ」

「ああ、必ず戻る。情報を持ってな」


 最後にニッと歯を見せて笑ったヒューイは、あっという間に風と共に姿を消す。不安はまだあるが、レセリカはそれ以上にホッとしていた。


(信じてくれた……)


 疑っていたわけではないが、実際ここまでなんの疑問も抱かずに信じてもらえるとは思っていなかったのだ。レセリカにとってはそれが一番嬉しかったのと、もう一つ。

 ようやく、レセリカだけの秘密を誰かに共有出来たことが、精神的に楽になったのだ。


(教会、か……)


 そして、思考を切り替える。自分についてはこちらで気を付けるとして、いつか教会が狙われた時のために出来ることをしなければならない。


(先に手を打った方がいいわね。不安の種は排除しておきたいもの)


 その数日後、レセリカはダリアの協力を得て父であるオージアスに連絡を取った。ヒューイが世話になったという教会へ、主として出来ることをしたいという簡単な内容だ。


 その結果、親馬鹿オージアスはレセリカが成人するまで教会の後ろ盾として、ベッドフォード公爵家が名乗り出ておくと約束してくれたのだ。いずれは王太子妃となるレセリカがその役目を担ってくれ、と。


 絶大な影響力を持つベッドフォードの名。以降、教会には誰も手を出せなくなる。それらの手続きを、オージアスは水面下で恐るべきスピードで成し遂げた。


 それをレセリカが知るのは、ほんの少し後のことである。

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