第116話風読みと窮地


 ヒューイの調査内容は、シンディーの目的の裏を取ることだ。シィを学園に送り込んだ本当の理由と、出来ればシィへの依頼内容が知れれば御の字である。


 後者に関しては同じ元素の一族であるためかなり危険な任務となる。ただの貴族であったなら子どものおつかいよりも簡単なものなのだが。


 つまり逆を言えばシンディーが隠している学園へ送り込んだ理由なら、簡単に裏が取れるということだ。


(アクエルへの依頼内容も、王弟の女側から調べればわからなねーかなー?)


 そうは言っても、綱渡りには違いない。火の一族のようなわかりやすい殺意とは違って、水の一族は嫌な罠をしかけてほくそ笑むタイプだ。情報にどんな罠があってもおかしくはない。


(けど、腕がなるねぇ。それこそ、風の情報収集力を舐めないでもらいたいね)


 それでも情報を盗むのが風の一族だ。まさか彼らも貴族のために風が動くとは思っていないだろう。そこまで厳重に情報の管理はしていないという予想だ。

 なお、ヒューイの思うそこまで厳重に、というのも風の一族対策をしていないという意味であり、他の者が情報を盗むのはほぼ不可能であることを忘れてはならない。


 そうこうしている間にも、ヒューイはあっさりと王弟夫妻の住む屋敷に忍び込んでいた。何度も言うが、普通はこんなに簡単に侵入出来るものではない。


「……全てを暴く風」


 部屋の中央に立ち、目を閉じて小さく呟くと、室内にフワリと風が走る。それはほんの数秒ほどで収まった。

 ヒューイはスッと目を開けると、そのまま真っ直ぐ執務机の後ろにある本棚へと向かう。


「ここだな」


 それから慣れた手つきで本棚に入っていた本を数冊抜き取り、隠し扉の鍵を作動させて難なく秘密の戸棚を開けてしまった。


(おー、証拠の書類ゲット! でも、持って帰るわけにはいかねぇ、か? 偽物置いて、また今度すり替えればいっか)


 内容をここで見てもよかったのだが、いかんせんヒューイに理解出来る内容かどうかはまた別になる。帰ってからレセリカにじっくり調べてもらえばいいのだ。その時に写しでも作ればさらにいいだろう。

 忍び込むのは恐ろしく簡単だったわけだし、戻しに来るのは初めて忍び込んだ今よりもずっと簡単だ。


(ただ、やっぱ水の一族関連までは調べらんねーな。情報が上手く探れねー)


 ヒューイの風の力によりわかるのは、部屋の記憶だ。だからこそ書類の隠し場所もわかるし、ここで密談でもされていれば内容まで事細かにわかる。


(ただ、読み取りたくもねーもんも見たな。何が悲しくて不倫現場を見なきゃいけねーの。うげぇ……ってかあの男って……)


 ゆえに、こういった知りたくもない光景も知ってしまうのが難点ではあるのだが。


 そこまで読み取れるというのに、水の一族が関わることとなると途端に情報にモヤがかかる。さすがはプロというべきか、情報の隠蔽の仕方が一筋縄ではいかないようだ。


(水の匂いがするし、確実に水の一族が関わってるって証拠でもあるけどな。アクエルの依頼主は王弟の女ってことで確定していいな。それと……あの男との繋がりも)


 あまり深く調べて水の一族に勘付かれても面倒なことになる。

 今回はここまで、と部屋を去ろうとしたその瞬間、ヒューイは未だかつて感じたことのないほどの嫌な気配が身体に纏わりついたのを感じた。


「っ!」

「一秒だ。お前が俺に気付くまでに一秒かかった。その間、俺に殺意があったらお前……死んでたなぁ?」


 気付いた時にはすでに遅く、ヒューイは首元に刃物を突き付けられていた。声の主はクツクツと喉の奥で楽しそうに笑っていたが、少しでも動けば死ぬのが本能でわかる。


 ヒューイは人に見つからないよう細心の注意を払っていた。やりすぎではないかというくらい、それはもう念入りに。レセリカとの大事な約束だからだ。


 風の一族である自分がここまでしたというのに、背後を取られるまで気付かなかったとは。こんなことが出来る人物など限られている。

 ヒューイには、背後の人物の正体がすぐにわかっていた。


「散歩かぁ? お前、風のモンだよなぁ? シシッ、珍しいモンみぃつけた」

「レッドグレーブが……なぜここにいる?」


 風の天敵、火の一族レッドグレーブ。それも、現役だ。

 いくらヒューイの技術が優れていたとしても、相応の準備をしていなければあっさりと捕まってしまう。そんな相手だった。


「何を驚く。俺らはお前らの言う貴族の犬だぜぇ? どこの家で雇われててもおかしくねぇだろ? ま、犬は犬でも主人にも牙を向く狂犬だがなぁ」


 シンディーとつながりがあるのは水の一族だけではなかったのか。全くもって予想外な火の一族の登場に、ヒューイは冷や汗を流す。


 身近にダリアという存在がいるにはいるが、彼女は一線を退いている。現役で、しかも頭のおかしい一族の未来のトップに立つ男は、佇まいも纏うオーラもその全てが別格であった。


 こいつが自分を殺す理由はないだろうが、火の一族は気分でうっかり人を殺すような連中だ。油断はならないが舐められてもいけない。


 そして最も重要なのが、万が一にもレセリカに繋がるようなことが漏れてはならない。ヒューイは、平静を装いながらも必死で頭を回転させた


 どうにかしてこの場を乗り切り、一刻も早く主人の下へと戻るために。

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