第113話調査報告と告白


 レセリカの学園生活は比較的、平和に過ぎて行った。比較的というのも、毎日数回は話しかけてくるフレデリックに、五回に一回はつかまるからだ。


 友達やダリア、セオフィラスがそれとなく間に入って避けられる時も多いが、どうしても無視出来ない状況にもなることもある。

 それでも、フレデリックとの会話は二言、三言で終わる程度に抑えられているので、やはり周囲にいてくれる人たちの尽力あってこその成果だろう。


 つまりレセリカが二人きりでフレデリックと話すことはない。そもそもダリアが常に近くにいるのでレセリカが一人になることがまずないのだが。


 そうした生活を続けること一週間ほど。定期的に報告をするためレセリカの前に姿を現すヒューイが夜、神妙な面持ちでレセリカに告げた。


「シンディーってヤツの下に調査に行かせてくれ」


 開口一番がそれであった。挨拶より前に、である。

 礼儀がなっていない上、レセリカを悩ませるような発言をしたことにダリアの片眉がクイッと上がった。


「ウィンジェイドの。そんなにレセリカ様に心配させたいのですか」

「違うって! まぁ、聞けよ。シィを学園の教師に推薦したのはシンディーだってわかっただろ? それはつまり、シィの依頼人がシンディーってことでもある。推薦理由は社会勉強。表向きはな。シンディーの権力で無理矢理通したって感じだ」


 王弟夫人の言うことを学園側も無碍には出来ないということだ。引き受けた学園側にも問題はあるが、これに関しては一方的に責めるのは酷である。


 これまで、ずっと学園内での調査をしいていたヒューイ。時間をかけて隅々まで調べつくし、結果として得られたのがこれだけだったというのだ。おかげで知りたくもない全生徒の情報まで手に入れてしまった、と。

 それはそれでとてつもない手腕であるし、「これだけしか」とヒューイは言うが十分すごい成果だとレセリカは思う。


「だから、そんな上っ面の情報じゃなく裏の情報を手に入れたい。そのためにはどうしてもシンディーのとこに行く必要があるんだよ。学園にそんな重要な証拠を残しとくわけがねぇんだ。わかっちゃいたけど」


 隠されている情報はいくらでも暴けるが、それすらこの場所にはないのだとヒューイは肩をすくめている。ないものは探れない。彼的にはいまいちすぎる成果だったのが納得いかない様子であった。


「オレはさ、唯一の主の身を守るのが第一なわけ。だから本来ならレセリカの側を離れたりしないんだけど……今はそいつがいんだろ? だから、第二の優先事項を実行したい」


 そいつ、とは言うまでもなくダリアのことだ。一度失敗したことを咎めはするとのの、なんだかんだ言ってもダリアの実力は信用しているのである。

 ヒューイだけでなく、ダリアもまた能力に関してだけはヒューイを認めている。仲の悪さは関係ないのだ。


「第二の優先事項?」

「ああ。主のために主が望む情報を手に入れることだ。オレに風の一族としての使命を果たさせてくれよ、レセリカ」


 黄緑色の瞳が真っ直ぐレセリカを見つめてくる。この目で見られると弱いのだ。出来る限り従者の、そして友達の頼みを聞いてあげたい。


 だが、どうしても奴隷紋を刻まれた前の人生でのヒューイの姿が脳裏に過る。その可能性が少しでもあると思うと、なかなか踏み切れなかった。


(ヒューイが奴隷にされるなんて……そんなの、絶対に嫌)


 レセリカは無意識にギュッと自分の腕を抱く。微かに震えるその手を見て、ヒューイは眉尻を下げて一歩レセリカに近付いた。


「……なぁ、前から思ってたけどさ、何を恐れてるんだ? 不安なことがあるなら言ってくれ。オレは全部受け止めるし、たとえ拷問されたって誰にも漏らしたりしない」


 拷問、のひと言にビクッと身体が震える。ヒューイは己が失言したらしいと感じ、すぐに訂正した。


「あー、怖い表現だったな、悪ぃ。なんつーか、まぁ何されても絶対に何も言わないって!」

「ち、違うの」


 レセリカは迷った。今こそ、打ち明ける時なのかもしれない、と。しかし、あまりにも荒唐無稽な話だ。自分が一度死んだ身で、二度目の人生を生きているなどと信じてもらえるだろうか。


 それに、ヒューイが前の人生では奴隷になっていたなんて。それを聞いたヒューイの反応が怖くてしかたないのだ。


「違うのよ。ヒューイ……」

「……本当にどうしたってんだよ」


 二人の様子を見て、ダリアは静かにその場を去った。風の一族の主と従者の話に立ち入るわけにはいかないからだ。

 もちろん、心中は複雑である。自分だってレセリカの力になりたいと誰よりも思っている自負があるのだから。

 しかしそれとこれとはわけが違う。ダリアはレセリカに仕えてはいるが、ベッドフォード家にも使えている身。何かあれば主人たるオージアスに報告しないわけにはいかない。


 だからこそ、レセリカのためにその場を去ったのである。


 ヒューイと二人きりになったレセリカは、ダリアの心遣いを感じて覚悟を決めた。


「聞いてもらえる? ただ、とても信じられない話だと思うのだけれど」

「全部信じるってば。城が空に飛んで行ったって言われても、レセリカが言うなら信じる」


 確かに、ヒューイなら誰もが笑って冗談だと受け流す話でも本気で信じてくれそうだ。どこまでも真剣な態度でそう言ってくれたのだから。


 しばらく言い淀んだ後、レセリカは静かに語り始める。


「……実は私ね、今の人生は……二度目、なの」

「……二度目?」


 聞き返すヒューイに軽く頷き、レセリカしっかり顔を上げて再び口を開いた。すでにその紫の瞳に迷いはない。


「私、一度死んでいるの。学園を卒業したその直後に」

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