第99話叱責と伝言


 それからの数日間、いつも以上に気を張ったダリアが侍女と護衛の役目を果たそうと動いてくれていたが、特にこれといって問題もなく過ごすことが出来ていた。


 あの日、セオフィラスとのランチ中に不覚を取ったのがかなり悔しかったのだろう。ダリアはもう二度と後れを取られまいと使命感に燃えていた。

 その日の晩に報告を受けたヒューイに思いっきり叱責されたのも効いているかもしれない。


「お前が任せろっていうからオレはレセリカの護衛を任せたんだ。それが、なんだ? 近付かれるまで気付かなかった、だぁ? 偉そうな口を利いておいてその程度かよ。気を抜きすぎなんじゃねーの」


 ヒューイの怒りはもっともであった。彼にとってレセリカは自分の命に代えてでも守りたい存在。出来るだけ側を離れたくはなかったのだ。

 それが、レセリカ直々に頼まれたということ、ダリアが側にいるということで渋々ながら側を離れることを決めたのである。


 自分のいない間に主人に何かあったなどと、到底許せることではなかった。


「言い訳はしません。私の実力不足ですから」

「で、でも、ダリアにとって、水の一族は相性が悪いのでしょう?」

「それは言い訳にもならないのですよ、レセリカ様。ウィンジェイドに言われるまでもなく、私自身が自分を許せないのです。あの者が、もしレセリカ様に危害を加えるつもりだったなら? 今この時、目の前にレセリカ様はいらっしゃらなかったかもしれないのです……!」


 ダリアは、ヒューイの言葉に一切反論しなかった。誰よりも事実を重く受け止めており、海より深く反省しているのだ。

 きっと、レセリカが許すといっても納得しないだろう。


「どのような罰でも受けます」

「……」


 とはいえ、罰と言われても困ってしまうのはレセリカだ。ショックを受けているのはダリアなのだから、ここで自分が何かをする必要性を感じない。


 だが、それではいけないのだということもわかる。いわゆる、けじめをつけなければならないのだ。ダリアのためにも、そしてヒューイのためにも。

 それは上に立つ者として、レセリカがしなければならないことであった。


 レセリカは暫し黙り込み、ダリアを見つめてじっくり考えてからハッキリと罰を言い渡す。


「では、三カ月の減俸を。そして今後このようなことのないよう、更なる精進を」

「レセリカ様! それでは罰がお優しすぎます!」

「それから」


 事実、主人を身の危険に晒したことへの罰としてはあまりにも軽すぎる。だが、そんなことくらいレセリカも承知の上だ。もちろん、手心を加えたというわけでもない。

 ダリアの反論も予想していたことだった。そのため、遮るようにレセリカは言葉を無理矢理続ける。


「もう、自分を責めないで。後悔は今日でおしまいよ。いつまでも引き摺っていたら、明日からの仕事に差し支えるわ。私は先ほど言った以上の罰は求めないし、反論は認めない。ヒューイもよ。これで、罰についての話は終わり」


 これ以上の罰を与えてしまっては、学園生活を送る上でむしろレセリカが困るのだ。彼女以上に優秀な侍女などいないのだから、担当を外すことは論外。当然ながら体罰も仕事に支障をきたすのであり得ない。


 護衛という大事な仕事も兼任しているので謹慎処分も出来ないし、何度も言うがダリアはとても優秀なのだ。たった一度の失敗を補って余りある働きをこれまでずっとしてくれていたのである。


 ならば、あえて罰を軽くすることこそがダリアへの罰になると考えた。許されることを嫌がるのなら、軽すぎる罰で許してしまおう、と。


「どうしても気になるというのなら、今後の働きで証明してみせて。出来るはずよね?」


 それから、知ってほしかった。自分がダリアを心から信じていることを。


 レセリカの美しい紫の瞳を正面から受けたダリアは、正しくその心を理解した。それから、込み上げる感動に言葉を詰まらせながら決意を口にする。


「っ、わ、わかりました。……二度と、後れは取りません!」

「頼りにしているわ、ダリア」


 それからというもの、ダリアはいつも以上に気合いが入っている、というわけだ。

 あまり気を張り詰めすぎて疲れてしまわないか、レセリカは心配である。


 一方でヒューイの方も危険な時に側にいられなかったことを酷く後悔しているらしく、あれから毎晩レセリカの前に姿を現すようにしていた。

 こまめに報告をするようにもなったので、レセリカとしてもありがたい。


「結局、シィ先生の目的はさっぱりわからないわね。ヒューイの方はどう?」

「目的についてはオレでも探れない。水の一族は依頼内容を絶対に漏らさないからな。まぁ、オレもそうだけど。ただ、もう少しで学園に来た経緯はわかりそうだ。ったく、この学園広すぎんだよ……」


 今日も、いつも通りの話題から話が始まる。とはいっても、あまり進展はないのが現状だ。

 ただ、ヒューイの方があと一歩で何かを掴めるという。それは喜ばしいことではあるが、ヒューイの表情がやや苦々しいのが気掛かりだ。よほど、気が重くなる内容なのだろう。


「思っていた以上に手を出しにくい案件かもしれない。報告を聞く時は覚悟しておいてくれ」


 こんな態度を見せられると気になって仕方ないのだが、全部ハッキリするまで余計な情報は言わないようにする、とのこと。

 中途半端に知るよりはいいだろうとレセリカもわかってはいるので何も言わないが、日々不安は募っていく。




 ある日、ついにシィがレセリカに接触した。とはいえ、直接何かを言われたわけでも、されたわけでもない。シィからの伝言を、クラスメイトから聞いたのだ。


「放課後に、学園の温室に行くといい……? シィ先生がそうおっしゃったの?」

「はい。レセリカ様に見てもらいたいものがあるから、と……」


 見てもらいたいものとはどういうことだろう。もちろん、思い当たることはない。

 ただ、こんな意味深なことを伝えられて行かないという選択肢はなかった。


 レセリカはクラスメイトにありがとう、と伝えると、背後に控えるダリアと頷き合った。

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