第100話温室と少年
どう考えても罠だというのは、レセリカもダリアもわかっていた。指定された温室という場所も、普段はほとんど人の寄り付かない場所なのだから。
数年前に新しく大きな植物館が出来てからというもの、昔から使われていたその温室を利用するものはほとんどいなくなっている。
実験的に新たな植物を育てたい場合、学園に申請すれば個人でも利用できることもあって、人の出入りがまったくないわけではない。もちろん、管理者もいるので安全面も問題はないはずだ。
そうは言っても、人目を避けるにはちょうどいい場所であることに変わりはない。
「ヒューイにも伝えたいのだけれど。今は離れているわよね……迂闊に呼び出すわけにもいかないし」
前回、側にいられなかったことをかなり気にしていたので、黙って行くのは良くない。しかし、あと一時間の授業を終えれば放課後となってしまう。
授業を受けるレセリカには、ヒューイを呼び出せる場所に移動する暇もなかった。
「私が探して伝えてまいります。授業中の少しの時間だけ、待機部屋から離れますことをお許しください」
基本、授業中に侍女や従者たちは待機部屋と呼ばれる部屋で主人を待つことになっている。休憩時間も兼ねているのと、侍女同士で様々な情報収集も行えるので意外と有意義な時間だ。
そこで侍女仲間と交流しておくと、所用により席を外す時もわずかな時間であれば知り合いの侍女や従者に頼めるという利点もある。
ダリアはレセリカのためにもしっかり横の繋がりを作っていたので、多少腕の立つ従者仲間に安心して任せることが出来た。
そうして出来た僅かな時間を使ってダリアはあっさりとヒューイを捕まえた。居場所の予想がついていたのもあるが、恐るべきスピードである。見つかったヒューイも思わず口元を引きつらせるほどであった。
「なるほどな……。わかった、近くまでオレもついていく。いざという時はレセリカを逃がすことだけに集中するからな」
「それで構いません。その時、私は時間稼ぎをしますので」
こうして、簡単なやり取りを終えてダリアは待機部屋へと戻ったのだった。
「ここ、よね?」
「ええ、間違いありません。この学園で温室と呼ばれる場所はここしかありませんので」
放課後、ダリアを伴ってレセリカは温室へとやってきた。この場所で見てもらいたいものといえば何かの植物なのだろうとは思うのだが、王城近くの植物園で大抵のものは見られる。
それとも、ここではあまり見られないような珍しい植物でも育てているのだろうか。実験的に使われている場所ならその可能性もなくはないのだが……そもそも、見せたいものが植物とは限らない。
レセリカはお腹にグッと力を入れて覚悟を決める。
「入ってみましょう」
「私の後ろから来てください、レセリカ様」
いつどこで何が飛び出してくるかわからないのだ。背後やその周辺はヒューイが陰ながら見張っているだろうからと、ダリアはレセリカを守るように前へ立って温室へと足を踏み入れた。
温室内はかなり手が行き届いているようだった。照明や使われている花壇、植木鉢などは古いものではあるが、掃除も行き届いているし植物も生き生きと育っているように見える。
(あまり人が寄らなくなるなんて、勿体ないくらいだわ)
セオフィラスと行った植物園を思い出す。広々とした空間にはところどころにベンチが置かれ、ゆっくりと見て回ることが出来る場所だった。
それに、エリアごとに植物に適した環境に保ってあり、それぞれに見応えがあった。
ここは、あの植物園の熱帯植物エリアに少し似ていた。
所狭しと植物が植えられているため少々窮屈な印象はあるのだが、素朴な雰囲気や落ち着いた空間がこの温室にはある。
レセリカは、この場所にあの植物園とはまた違った心地好さを感じた。
(こんな状況じゃなかったら、もっとゆっくりと楽しみたかったのだけれど)
少々、残念に思っていた時だ。前を歩くダリアがその足を止めた。どうやらこの先に誰かがいるらしい。
「敵意はありません。どうしますか?」
「……近付いてみましょう。この温室の利用者かもしれないもの。何か不審な物をみかけなかったか、聞けるかもしれないわ」
そう、人があまり寄り付かないだけで利用者はいるのだ。この温室に来る者が皆、危険人物であるというわけでもないのだから。
それでも警戒を解くことはしない。ダリアは注意深くこの先にいる人物の気配を感じ取りながら前へと進んだ。
やがて、視界が開けていく。この温室の中心なのだろうか、中央は円形のタイルが敷き詰められ、その一角に鉄製のベンチが置かれていた。
そのベンチに寝転ぶ少年が一人。レセリカはその人物に見覚えがあった。
色素の薄めなアッシュゴールドは、ややくせ毛ながら綺麗に整えられており、寝転んだ格好でありながら漂う気品。
ベンチの端からはみ出した足を立てて組んでおり、リラックスした様子だ。年の頃はレセリカと同じくらいだろうか。
そして、ゆっくりと開かれた瞳は深い青色をしていた。
「っ、フレデリック殿下……」
整った顔立ちのその少年は、王弟ヴァイスの一人息子で、表舞台に姿を現さないことで有名な王位継承第二位、フレデリック・バラージュその人であった。
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