第87話レセリカなりの反撃
今日も一般食堂にて質問会を開いていたレセリカたち。一週間も続ければレセリカも生徒たちも慣れてきたようで、近頃は趣味や休日にすることなどの他愛のない質問も飛び交うようになっていた。
最初は警戒していた生徒たちも、無表情ながらも柔らかな声で丁寧に答えてくれるレセリカの姿を見て、かなり印象が変わったようだ。好意的に接してくれる者がかなり増えていた。
その場にいる者たちはすでに、例の噂のことなど忘れてしまっていたのだ。いたのだが。
「噂は聞いていましたけれど、まさか本当に一般食堂にいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
その日、一般食堂に伯爵令嬢ラティーシャが二人の仲良し令嬢を伴って訪れた。噂を聞きつけてレセリカが本当にここにいるのかを確かめにきたのだ。
食堂内に緊張感が走る。長椅子と長テーブルの並ぶごく一般的な食堂に、貴族令嬢がこんなにもいるこの光景はとても奇妙にも見える。
ラティーシャはレセリカの前まで来ると、少し屈んで内緒話でもするように口元に手を当てた。
「あ、あの。こんなことを言ったら生意気だと思われるかもしれませんけれど……で、でも。レセリカ様のためを思って勇気を出しますわ」
なお、食堂内は静まり返っているため、いくら声を潜めようとも筒抜けである。
「レセリカ様はその……未来の王太子妃ですのよ? そんな方が一般の生徒たちとこんなに気安く交流なさるなんて。その、顔を曇らせる貴族の方々が出てくると思いますの」
ラティーシャは眉を顰めて、あくまでレセリカの心配をしているという体をとっているようだ。自分は違うが、他の多くの貴族がそう思っているのだ、と言わんばかりである。
「貴女も、良くないと思っているということかしら」
その言い方に純粋な疑問を覚えたレセリカは、ラティーシャ自身の意見を確認する。
あえて濁した部分を直球で聞き返されたラティーシャは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「っ、い、いいえ! この学園は身分関係なく交流出来るようにという方針ですもの。率先して行動なさるレセリカ様は素晴らしいと思いますわ!」
慌てたように手を横に振り、ニコリといつもの愛らしい笑顔を見せるラティーシャは、わざとらしくレセリカを持ち上げる発言をする。
まるでレセリカからの圧力が怖くて慌てて取り繕っているかのように。
レセリカはその様子を見て、悲しげに眉尻を下げた。
「ラティーシャ様……」
「きゃ、きゃあっ! あ、ご、ごめんなさいっ! 私、やっぱり余計なことを言ってしまいましたわね……! どうか、どうかご容赦くださいっ」
そして声をかければ、またいつものように大げさに怖がる。そろそろ慣れてきたとはいえ、今回はそのままにするわけにはいかない。
やっとラティーシャがこの場に来てくれたのだ。友達の協力を得て、ようやく場を整えることが出来た。
(ちゃんと言わないと。キャロルやポーラ、ヒューイの頑張りを無駄にはしないわ)
レセリカは一度立ち上がり、ラティーシャに向き直った。もちろん、ラティーシャはわかりやすくビクッと身体を震わせたが、そんなことは構わない。
「少し前から思っていたのだけれど。貴女は、何を言っているの?」
「え……」
生来、人に反論するということが苦手なレセリカは心拍数が上がっていた。要するに、ものすごく緊張しているのだ。
この時ばかりは自分のあまり変わらない表情が役に立つ。あえて演技をせずとも、一瞬でラティーシャの浮ついた雰囲気が鳴りを潜め、真剣な空気が辺りに漂った。
「逃げないで聞いてもらえないかしら。貴女には言いたいことがあるの」
ラティーシャがグッと息を呑んだのがわかった。おそらく本来ならこのまま退散するか、もう少し周囲を味方につけるアクションを起こすつもりだったのだろう。
それなのに言い返されてしまったのだ。にこやかな仮面が剥がれ、焦りの表情が見える。
「私は貴女に対して何かを指示したことも、強く触れたこともないわ」
レセリカの真っ直ぐな瞳から目を逸らせないラティーシャは、何も言葉を発せずただレセリカの目を見つめ返すことしか出来ない。
「私は、自分が表情に乏しいことを自覚しているの。態度も素っ気なくなってしまうわ。そのことで、周囲の人たちを怖がらせてしまうことも良くあると思っているの」
一方、レセリカは一度言葉にしてしまったら止められなくなってしまっていた。
前の人生からずっと、ずっと思い悩んでいたことなのだ。それをようやく誰かに伝えられる。
他でもない、自分を糾弾したラティーシャに。もちろん、今世ではまだ起きてもいない未来だが、それでも、だ。
「申し訳ないと思っているわ。なんとか直したいとも思うのだけれど。でも、なかなかうまくいかなくて……だから、同時にとても悲しいのよ」
いつの間にか、ラティーシャのみならずその場にいる者たちが全員レセリカの言葉に聞き入っていた。
ラティーシャの付き添いとして来ていたアリシアやケイティ、そしてやじ馬で見に来た生徒たちも。誰もがレセリカの悩みを初めて知ったのだ。
「人から怖がられてしまうのは、とても悲しいの。貴女にもなぜかすごく怖がられてしまって……誤解をさせてしまったのなら謝るわ。だから貴女にも、必要以上に怖がらないでもらいたい……ラティーシャ様。私は貴女に、ずっとそう伝えたかったの」
結局のところ、レセリカはラティーシャのしたことを責めなかった。
明らかに演技だとわかってはいたが、もしかしたら本当に怖がっていたかもしれないという僅かな可能性を優先したのだ。大げさな演技で迷惑を被ったのは事実であるのに。
それなのに、あくまで自らが謝罪するという形をとったレセリカ。
どこまでも甘く優しい主人の在り方に、ダリアやヒューイは陰で口を尖らせながらも大人しく見守った。不満ではあるが、それが自分たちの敬愛する主人、レセリカなのだから。
「……んでよ」
「え?」
最初にその沈黙を破ったのは、ラティーシャの小さな呟きだった。
「私に、優しくしないでくださいませっ!!」
「ラティーシャ様!?」
レセリカが首を傾げた次の瞬間、ラティーシャは俯いたままそれだけを叫ぶと勢いよくその場から走り去ってしまった。その後を慌ててアリシアとケイティが追う。
(ヒューイ、お願い……!)
自分で追いかけるわけにもいかなかったレセリカは、その場に来ていたヒューイに視線を送る。
それだけで心得た有能な従者は、女子生徒の制服のスカートを華麗に翻して静かに、そして素早くラティーシャの後を追った。
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