第86話風の暗躍


 レセリカたちが放課後の一般食堂で質問会を開くようになって三日。その間、ヒューイは独自に聞き込みを開始していた。


「え? じゃあ直接レセリカ、様が何かをしているところを見た人はいないってことぉ?」

「そうそう。いつも遠目で見ているから何をしているのかまではわからないんだけどね? でも、いつだってレセリカ様は何も言わず、何の反応も見せずに立っているだけなの。ラティーシャ様が目を潤ませてビクビクしているのはよく見るけどねー」


 一般の生徒に混ざって例の噂を口にする。それだけであっという間に色んな話を聞くことが出来た。

 女性の振る舞いにも違和感はなく、誰もヒューイが学園外の生徒で、しかも男であることなど気付きもしない。


(それはそれで複雑な気分だけどな……女装なんて絶対ごめんだと思ってたけど、意外と便利かも)


 背に腹は代えられない。普段は盗み聞きや家探しがメインのヒューイだったが、今後は変装の技術をもっと磨いてもいいかもしれないと考えを改めた。


「あ、私はちょっと近くで見たことがあるんだけど、すれ違いざまに急にラティーシャ様が悲鳴を上げただけだったよ。むしろ悲鳴に驚いたような顔をしていたもの、レセリカ様は!」


 噂が広がった当初こそレセリカの悪女ぶりが話題となっていたが、数日も経てばその違和感に気付く者もいるようだ。

 実際レセリカは何もしていないし、一般科の生徒とはいえ学園に通えるほど学がある者たちなのだから、当然といえば当然である。

 ラティーシャの行動がワンパターンなのも、彼女たちが疑いを持つようになった要因となっていた。


「じゃあ、もしかして……ピンクの令嬢の自作自演ってことぉ?」


 出来るだけ無邪気な女子生徒を装ってヒューイが問う。うっかり惚れてしまう男子生徒がいそうなほどあざとい言動だ。

 ただ、女生徒たちはそんなヒューイの言葉選びが面白かったようで、好意的な反応を示した。


「やだぁ、あなた面白いのね! ピンクの令嬢ってーっ!」

「あははっ、もう、失礼よ? 伯爵令嬢に向かってー」


 やはり人の心に入り込むには軽い冗談を混ぜるのが効果的だ。平民に混ざって生活をしてきたヒューイにとって、このくらいは朝飯前である。


 さて、目の前にいる彼女たちの今の認識はやはり、ラティーシャの自作自演である可能性が高いというものらしい。興味本位でレセリカたちを観察したことや、一般食堂での質問会の噂からも考えが変わってきているようだった。


 貴族社会をあまり知らないとはいえ、子どもだましとも言えるラティーシャの嘘や不自然さに気付くものはいるというわけだ。


(この噂を更に流せば、真実なだけあってあっという間にそっちが広がりそうだな。簡単な仕事だぜ)


 それにしても、今回のラティーシャのやり方は気に食わない。簡単に他の生徒たちを騙せると高を括っていそうなのが特に。


「平民を馬鹿にしてるみたいで気に食わねーんだよな……」

「え?」

「あ、いや、なんでもないわ! おほほほ!」


 うっかり素が出てしまったヒューイは慌てて取り繕う。まだ変装に慣れていないからか、気を張っていないと本性が出てしまうのが難点だ。


(いや、平民に限らず自分が可愛がられて当たり前って思ってるとこありそー)


 ラティーシャという貴族は、ヒューイにとって最も好きになれないタイプの人物であった。


 それからの数日、ヒューイは予定通りラティーシャの自作自演であるという噂を流し始めた。

 レセリカたちの地道な質問会もあって、風向きが良くなってきている。ヒューイは確かな手応えを感じていた。


「おい、聞いたか? あのラティーシャ様が一般食堂に向かったらしいぞ」

「え、この時間に彼女がいるなんて珍しくない? いつもは他のご令嬢方とお茶会しているんでしょ?」

「ばぁか。レセリカ様の質問会の噂を聞いたんだろ。面白くなってきた! 見に行こうぜ!」


 作戦決行から一週間といったところだろうか。そろそろ食いつくころだとは思っていた。

 公爵令嬢が一般食堂で一般科の生徒と交流をしているなど、あっという間に噂になるのはわかっていたのだ。それがラティーシャの耳に入れば遠からず行動に移すであろうことも。


(さて、あのピンクの令嬢はどう動く? 自らの行いを反省すれば、まぁ許せはしないけどそれで良し。そうでなければ……)


 ヒューイは誰にも気付かれないようにニッと口角を上げる。どこか楽しそうにも見えるその表情は、むしろ悪役のそれだ。


「ねぇ、私たちも行ってみない? 自作自演かどうかを確認するいい機会だと思うんだけど」


 パッと表情を変えて近くにいる女生徒たちに声をかけると、噂好きの彼女たちは迷うことなく同意を示した。


「私、レセリカ様を応援したくなってるのよね」

「あ、わかるわかる。たぶんあの方、思っている以上に冷たい方じゃないのよね。質問にも丁寧に答えているっていうじゃない」


 女生徒たちのそんな評価を聞いて、従者たるヒューイはレセリカの良さを語りたくなる衝動を抑えつつにんまりと笑う。


 レセリカは自分の大嫌いな貴族とは違う。人を見下したりしないし、それどころか自分から知りたいと歩み寄ろうとする。

 そんな風に考える貴族がどれほど少ないか、レセリカは知らないのだろう。思っていても行動に移せる者はさらに少ない。


(やっぱ、オレの目に狂いはなかったな。貴族に仕えることになるなんて知れたら、一族のヤツらはめちゃくちゃ驚くだろうけどさ)


 レセリカはきっと、この国のため行動出来る王妃になる。平民のことも考えられる素晴らしい王妃に。


(ただ、あのキラキラ王子がレセリカの意見をちゃんと聞くヤツかどうかにかかってるけど)


 ヒューイの個人的調査項目には、常に王太子セオフィラスの為人ひととなりがある。無自覚に溺愛している様子の彼のことだ。きっとあまり心配することはないとはわかってはいるのだが。


 いつかは自分も正体を明かすことになるだろう。ただ、あの風の一族がレセリカの下についていると王太子が知ったら?

 反応次第では、セオフィラスを敵視するかもしれない。もちろん、レセリカの意向が最優先ではある。


(ガッカリさせないでくれよ? 王太子サンよ)


 とはいえ、まずはラティーシャとの件に決着をつけるのが先だ。

 出来れば今日中に、このくだらない噂話にまつわるゴタゴタを終わらせたいと願うヒューイなのだった。

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