第81話作戦の結果


 その日、学園内はいつもより騒めいていた。

 例の噂によりピリピリとした空気が漂っている中、ラティーシャの明るい笑い声が響いていたからだ。

 しかも、そんな愛らしさ全開の彼女の隣には、渦中にいるレセリカの姿。話題の二人が並んで歩き、登校しているのだ。


 ラティーシャとは対照的に、レセリカはいつも通りの無表情ではあったが、二人の会話が弾んでいるのは遠目からでもすぐにわかった。


(予想通り、驚いている人が多いわ。本当に噂は学園中に広がっていたのね)


 この調子で仲の良いところを見られていれば、いずれ噂も消えていくだろう。そして、いつの間にか出来上がっていた派閥同士で生徒たちが争わずに済むかもしれない。

 レセリカは作戦が上手くいきそうでとても安堵した。


 ラティーシャはレセリカと本当の友達になりたいと言った。正直なところ、レセリカはそれがとても嬉しかった。

 前の人生の時を思えばとても友達にはなれないと思っていた相手だが、やり直しの人生で関係を一から築けるならそれに越したことはない。


 昨日はラティーシャとの会話が終わり、後からやって来たキャロルやポーラに事情を説明すると二人ともとても驚いていた。しかしすぐに安堵したように笑ってくれたのだ。

 そんな二人のためにも出来れば彼女を信じて良好な関係を築きたいと思っている。


 一方で、自室に戻った時にダリアとヒューイの二人はまだ信用出来ない! と騒いでいた。

 もちろんレセリカはそんな二人を宥めて信じてみましょうと説得したのだが、実を言うとまだ何かあるのではないかと感じているのも事実だった。


(純粋な好意だったら本当に申し訳ないのだけれど……)


 理由を問われれば「なんとなく」としか答えられない漠然としたものだ。

 ただ、ラティーシャの笑顔がどうしても作り物のように見えてしまう。まるで、セオフィラスがいつも浮かべている微笑みのように。


 彼女もまた、笑顔の仮面で本心を隠しているのかもしれない。


「ではレセリカ様! 私はここで。レセリカ様と仲良くなれて嬉しいです! あのぉ……握手、してもらってもいいですか?」


 そろそろ教室に着くというところで、ラティーシャがおずおずと上目遣いでお願いしてくる。本当に、言動の一つ一つが可愛らしい。

 レセリカが頷いて許可を出すと、ラティーシャは嬉しそうに両手の指先を合わせてフワリと笑った。


「ありがとうございます! どうぞ、これからよろしくお願いしますね!」

「ええ。こちらこそ、これからもよろしくね。ラティーシャ様」


 互いに右手を差し出し、握手をした。その時だった。


「痛っ!!」

「!」


 突然、ラティーシャが小さく叫びながら顔を顰める。一体何があったというのだろう。レセリカは驚いて彼女の様子を見た。

 どこかを痛めたのだろうか。心配になって声をかけようとしたが、それよりも先にラティーシャが口を開く。


「れ、レセリカ様ぁ。手が、痛……い、いえ。なんでもありませんわ! それでは、失礼しますわね……!」


 注目を浴びていたことで、ラティーシャの言った言葉はその場にいた者たちにハッキリと聞こえた。言葉だけでなく、彼女たちの様子も注視されている。

 ラティーシャが泣きそうな顔で慌てたようにその場を去り、レセリカが無表情で立ちつくすその姿を。


 周りからはどう見られただろうか。いや、考えるまでもない。


 傍から見れば、握手の際にレセリカがラティーシャの手を強く握ったように見えただろう。

 さらにそれを伝えようとしたラティーシャがレセリカの顔を見た後、恐怖で顔を強張らせた様子から、彼女が怖がってその場を逃げたように。


 当然、レセリカは手が痛くなるほどの力を入れていない。やんわりと彼女の手を掴んだだけだ。


(……そういう、ことなのね)


 自分は嵌められたのだ。当たってほしくない嫌な予感が当たってしまった。斜め後ろで心配そうにレセリカの名を口にするダリアの反応からしても、状況は一気に不利になったと言えよう。


 つまり、格上の令嬢の圧を受けて、反抗も出来ないかわいそうなラティーシャという図が出来上がったというわけだ。

 実際、周囲からはラティーシャを憐れむ声がヒソヒソと聞こえてくる。


 ラティーシャはこんな些細なやり取りで、レセリカとラティーシャの印象をガラッと変えてしまったのだ。

 日頃から人当たりが良く、自分が人からどう見えるかを熟知している彼女だからこそ出来たこと。素直にやり手だと思えるし、それ以上に恐ろしいと感じる。


(本当に親しくなれるかもしれないと思っていたのだけれど。やっぱり、難しいのかしらね……)


 悲しい気持ちを抱えつつ、レセリカは目を伏せる。しかし、それは一瞬のこと。

 顔を上げ、背筋を伸ばしたレセリカは周囲の怯えと軽蔑の滲んだ視線の中を歩き出した。立ち止まっていたら余計に妙な噂を聞く羽目になる。何より突き刺さるような視線は居心地が悪かった。


(堂々としていないと。私は何もしていないのだから)


 心臓はバクバクと大きな音を立てていたが、それを表に出すことはない。レセリカの完璧な所作はこの程度では崩れないのだ。


 なんてことはない。人から誤解されることには慣れている。前の人生ほどではなくなったが、それでも警戒されることは今もそれなりにあったのだ。


(なんだか、こういう雰囲気は久しぶりだわ)


 前の人生ではこれが当たり前だった。今更、この程度で動揺することはない。……ないはずなのだが。


 今がとても幸せだった分、以前よりずっと辛く苦しいとレセリカは感じるのだった。

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