第82話向き合うべき対象は
ラティーシャの地味な嫌がらせはその後も続いた。
直接的に何かをしてくるわけではない。むしろレセリカはいつも通りの学園生活を送っているだけなのだが、すれ違うだけでラティーシャがビクッと怯えるように身体を震わせ、儚げに微笑むのだ。
何も言っていないのに「ごめんなさい、レセリカ様っ」と声を上げたり、いつも一緒にいるアリシアやケイティが心配しているのを見て「いつかちゃんとレセリカ様と仲良くなってみせますわ」と健気に笑ってみせていた。
まさに自作自演。レセリカよりも、常に近くでその様子を目の当たりにしているダリアの理性が試されている。
しかも、その全てをレセリカが一人の時、またはキャロルやポーラなどいつも一緒にいる友達といる時だけ行うのだ。セオフィラスやロミオのいない時を狙っているのがよくわかる。
「ほんっとうになんなんですかね? アレ!? 劇団員にでもなれば良いんじゃないでしょうか! 私、あの方のお茶会には二度と行きたくないですっ」
「きっと注意しても余計に怖がって見せるだけですよね……こちらが悪者にされてしまいそうです。悔しいですね……」
ダリアだけでなく、キャロルとポーラが自分のことのように怒ってくれるのがレセリカの救いだった。ただ、絶対に巻き込まれて欲しくはない。このまま自分といるのはよくないのでは、という悩みも浮上してしまう。
レセリカはどう対処するべきか、未だ答えを出せずにいた。
そうしている間に、ラティーシャのそういった地道な行動の成果はすぐに出てきた。
これまでは略奪愛を企てるラティーシャを悪く言う声が大きかったのに対し、婚約者を取られまいと彼女を虐めるレセリカを軽蔑する声が増えたのだ。
ラティーシャの身の振り方は抜群に上手く、心配して声をかけてきた者たちに対し、決してレセリカを悪く言うことがない。
それが彼女を余計に健気で優しい令嬢に見せていた。ただ王太子に恋をしているだけの、素直で一途な可愛い令嬢は瞬く間に人気者になっていく。
それとは逆に、何もアクションを起こさない無表情なレセリカは、そのイメージからか王太子に言い寄る女は何人たりとも許さない冷徹な悪女と呼ばれ始めている。
(別に、それでも構わないわ。だって、私は何もしていないもの。いつかわかってもらえる……)
そもそも、ラティーシャは何かをしてきているわけではないのだ。レセリカの近くにいる時にありもしないことを演じているだけ。
やめてほしいと主張しても、レセリカのことを言っているわけではないと主張されればそれで終わりなのだ。こちらが何を言おうがきっとしらを切るだろう。
だから、やはり耐えるしかない。そして出来るだけラティーシャと学園で会わないように。ただそうなると、友達を増やしたいというレセリカの望みは叶えられそうにない。
それでも、耐えるしかないのだから。
(……本当に? 本当にそうかしら?)
そこまで考えて、レセリカの頭に自分からの疑問の声がかけられた。
前の人生でもずっとそう思って耐えてきたのではなかったか。それで、結果はどうだった? 暗殺犯に仕立て上げられて断罪されたのではなかったか。
(空気に吞まれて弱気になっていたんだわ。嫌なことは嫌と、違うことは違うと言わなければ何も変わらないって学んだじゃない)
諦めかけていたレセリカの目に光が宿る。
耐えていればいいというのはある意味で最も楽な対処法だ。反論したり、理解してもらおうと行動をすることはとても難しくて疲れるのだから。
どうやら自分は戦う前から逃げようとしていたらしい。何より向き合わなければならないのは、そういった自分自身の弱さである。
(助けてほしければ助けてほしいと、今度こそ人を頼るのよ)
ただ、セオフィラスには頼めない。頼りにならないという話ではなく、今回の場合は余計に波風が立ちかねないからだ。
「ダリア、ヒューイ」
「はい、レセリカ様」
「おう」
ダリアはレセリカの斜め後ろで、ヒューイは声だけが返ってきた。二人の声はどこか心配そうだ。
「私、今の状況がすごく……嫌だわ」
だからこそか、ダリアにはおつかいを、ヒューイには証拠集めをしてほしいとレセリカが頼むと、二人の声が一気に明るくなる。
「具体的にはどんな証拠を集めりゃいいんだ?」
「ラティーシャ様が自作自演をしているってことを周知してもらいたいの。方法は任せるわ」
「任せるって……信頼してもらえてるって受け取るぞ?」
レセリカは具体的な方法までは伝えなかった。指示を出す側からすれば無茶振りもいいところなのだが、ヒューイの声には喜色が滲んでいる。
「もちろん、信頼しているわ。というよりも、私より貴方の方がずっと上手くやれると思うから」
「へへっ、何よりの言葉だな。よし、任せとけ!」
ヒューイはそう言葉を残し、フワリと風をわずかに起こす。どうやらすぐ行動に移ったようだった。
「レセリカ様。おつかいというのは?」
後に残るダリアもまた、レセリカの指示を嬉々として待っていた。今の状況を憂う従者二人にとっては、現状を打破するためならなんでもするという意気込みなのである。
「キャロルとポーラの二人を、私の寮室に呼んでもらいたいの」
「あのお二方をですか?」
ダリアの呆気に取られた返事に、レセリカは頷きながらフワリと温かな笑みを浮かべる。
「ええ。……お友達にも、助けてもらいたいって。相談をしたいから」
「! ……ええ。ええ! それは良い考えです、レセリカ様!」
有能であるレセリカは基本的に問題を全て自分一人で解決してしまう。それどころか、学友やダリアたち従者の困りごとまで聞いてしまうほどだ。
だからこそ、普段から人に頼るという考えが頭から抜けている。相談するようなことが起こらないからとも言えるのだが、自分一人でなんとかしなければと思っている節があるのだ。
「嬉しゅうございます、レセリカ様。また少し、ご学友とも絆が深まるというものです」
それを知っているからこそ、ダリアは感激で涙ぐんでいる。ダリアもまた単独行動が多いため、上手く人を頼れない気持ちがよくわかるのかもしれなかった。
「絆……人を頼ることで、絆が深まるの?」
「お恥ずかしながら、私もよくはわからないのです。でも、頼られると嬉しいですから。そして、絶対に力になって差し上げたいと私は思いますよ」
確かに頼ってもらえるのは嬉しい。そして、頼られたらレセリカもきっと張り切るだろう。
「人を頼り、頼られることで信頼関係が育まれていくのかしら」
「ええ、きっと。少なくとも、信じていない相手に頼ろうとは思えないでしょう? そして、信じていない相手の頼みごとはあまり聞きたくはないです」
それもその通りだ。人の手を借りることは恥ずかしいという考えが根付いていたレセリカにとって、目から鱗であった。
こうしてレセリカは、二度目の人生でやっと恐れることなく人に頼るということを覚えたのである。
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