第80話当事者二人での対談
彼女との対話は望むところだったが、今はレセリカ一人。正直にキャロルやポーラを待っていることを告げると、アリシアとケイティが教室で待機し、伝言を預かると申し出てきた。
二人が来たら、ラティーシャの寮室へ連れて行くと約束して。
「貴女の部屋にとのことだけれど、あまり人数が多いと迷惑になってしまわないかしら」
「そんなことありませんわ。人数の多いお茶会は、それはそれで楽しいですもの」
レセリカの言葉に返事をしながら、ラティーシャは自分付きの侍女に指示を出す。おそらく、人数分のお茶やお菓子の準備を頼んだのだろう。
「急がせてしまってごめんなさい。でも……レセリカ様とは少し二人でお話したくって」
だからキャロルとポーラが来る前に二人だけの時間をもらいたいのだ、とラティーシャは可愛らしく笑った。
「それはどういった要件になるのか、今聞いても?」
さすがに二人でと言われると警戒してしまう。確認のために聞くと、ラティーシャはコロコロと笑って謝罪をしてくる。
「警戒なさるのも無理はないですわよね。ごめんなさい。例の噂の件ですわ。さすがにレセリカ様のお耳にも入っていらっしゃるでしょう?」
やはり、というのが素直な感想だった。確かにあまり表立って話すのはよくない内容ではある。余計に妙な噂が広まってしまう恐れがあるからだ。
それにしてもタイミングがいい。ラティーシャもそろそろ放っておけないと思ったのか、それとも裏があるのか。
「ええ、私もちょうどそのことで貴女と相談したいと思っていたの」
「わぁ、そうなのですね! 良かった。私たち、同じことを考えていたみたいですわね?」
ふふっ、とはにかんで笑うラティーシャはとても無邪気だ。
どのみち、今日は彼女と話すつもりでいたのだからこの誘いを断る理由がない。それに、二人きりでとはいってもダリアがついているし、ラティーシャ付きの侍女もいる。
レセリカは静かに頷くと、ラティーシャの後について彼女の寮室へ向かった。
伯爵家であるラティーシャの寮室はそれなりに広い。それでもレセリカの使う部屋よりグレードは下がるのだが、十分過ごしやすい部屋であった。
彼女の侍女がお茶を淹れ、レセリカとラティーシャの前に並べる。お茶請けにシンプルなクッキーが添えられており、先にラティーシャが口に運んだ。
「早速ですけれど……レセリカ様はあの噂をどうお思いですか?」
紅茶を一口飲み、ふぅと小さく息をついたラティーシャはすぐに本題に入る。だが、レセリカはすぐには食いつかなかった。
「どの噂のことかしら。最近は色んな噂を耳にするから、具体的に教えてもらえると助かるわ」
「そ、そうですわよね。失礼いたしました。……レセリカ様と私が殿下を取り合って争っている、という噂のことですわ」
警戒している相手との会話で、曖昧な箇所をハッキリさせないのは危険である。すでに、そのうち噂も収まるだろうという甘い考えのせいでこんなことになっているのだ。
掘り下げて聞いたことでラティーシャの笑顔が少々引きつったが、反省は次に活かせなければ意味がないので仕方あるまい。
「それは……初耳ね。貴女や殿下、私を悪く言うような噂は聞いているのだけれど。それに伴って私と貴女を応援する者たちが争い始めた、という話なら聞いているわ」
「それは私も耳にしましたわ。でもおかしいですわね。私はその噂も聞いているのですけれど。勘違いかしら?」
一見、些細な差に思えるかもしれないがその差は大きく異なる。生徒同士が勝手に言い始めたのと、当事者同士が争っているのとでは、争いの発端が違ってくるのだから。
「いずれにせよ、悪口も誤解も迷惑な話ですわよね? 一体、どなたが言い出したのでしょう……」
「……そうね」
悩まし気に溜め息を吐くラティーシャに同意を示したレセリカだったが、彼女が見せた流し目により何となく彼女が何かしら関わっているのではという気がした。
それはただの勘であったし、全てではないのだが、少なくともレセリカとラティーシャが争っているという噂の出所は彼女なのではと疑ってしまう。出来れば信じたくはないのだが。
(まだ、確証はないけれど。少し様子を見た方がいいわね)
ひとまずその事実はレセリカの胸にソッとしまいこみ、ラティーシャの話の続きを待つ。
「ですから、レセリカ様。この一件を解決するために協力しませんか?」
「協力?」
噂のせいで応援してくれる声もあるが、謂れのない誹謗中傷を言われるのは辛いのだとラティーシャは涙ぐんでいる。
その気持ちはレセリカにもわかる。何かいい方法を思いついたのかと訊ねると、ラティーシャは恥ずかしそうに両手を組んだ。
「その。人が多くいる場所で、私とレセリカ様が仲良くしているところを見せるのです。そうすれば、きっと噂は嘘だったんだって思ってもらえますでしょう?」
確かにそれが一番手っ取り早い解決方法だとレセリカも考えていた。その協力を頼もうと思っていたため、彼女から言い出してくれたことは素直に喜ばしい。
ただ、それ以上の目論見はないだろうか? きっとラティーシャは自分を邪魔だと思っているだろう。前の人生でのことといい、今の状況といい、レセリカはどうしてもラティーシャを疑ってかかってしまう。
「でも……フリではなくて本当に仲良くなれたなら、と思っていますの。その、レセリカ様と」
しかし、目の前で恥ずかしそうにそんなことを言うラティーシャの可愛らしさはレセリカにクリティカルヒットした。友達というワードはレセリカによく効くのだ。
「私は……きっとお気付きでしょうけれど、殿下のことをお慕いしています。レセリカ様が羨ましいとも思っていますわ。これは事実です」
ラティーシャはさらに言葉を続ける。目を伏せ、申し訳なさそうにする彼女が嘘を言っているようには見えない。今の言葉は間違いなく本当のことなのだろう。
「でも、それとこれとは別で……レセリカ様にも憧れているのですわ。どうか、私とお友達になってもらえませんか?」
そのままパッと顔を上げて潤んだ瞳で言われたレセリカは、もはや条件反射で頬を染めて首を縦に振る。
罠かもしれないという考えはもちろんあったが、友達という甘美な響きを持つ単語には抗えないレセリカであった。
背後でダリアが音もなくため息を吐いた気がした。
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